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第13話

 秋の気配を感じ始めた頃、弓原はベルクージャを辞めた。案外、厚顔無恥な奴でもなかったんだとスタッフは思った。老舗ホテルへ提案されたデザインはどう見ても是澤のデザインそのものだった。それを自分のデザインだと言い張るには、彼は経験も乏しく、若かった。  ベルクージャは、次のクライアントからの依頼に忙しくしていた。  真嗣は来年の水着とラッシュガードで、デザイナーと打ち合わせの毎日だった。隆也と週一では無いが『松峰』で飲んでは、愚痴を言い合って、笑いころげていた。二人はすっかり『松峰』の常連客になっていた。  ある日仕事中に真嗣の母親からスマホに連絡があった。お盆で日帰り帰省をした時は、皆んな元気そうにしていたが、祖母に認知症状が出ていた。真嗣を見ても誰だかわからない様子だった。母親が、真嗣ですよ、と言っても、他人を見るような目だった。祖母に何かあったのかと思いながら、電話に出た。 「もしもし、母さん?…どうしたの」 (あぁ、真嗣?…吉嗣が…吉嗣が事故に遭ったのよ)  真嗣はしっかり者の母の明らかに動揺している涙ながらの声を聞いて、ただの事故ではないと思った。 「母さん、落ち着いて。今からすぐそっちに行くから」   真嗣はすぐに上司に伝えて、帰らせてもらうようにした。事故の詳細は、狼狽えている母親からははっきりと聞き取ることができなかったが、吉嗣が乗っていたバイクにトラックが衝突したようだった。とにかく早く帰らないと、と焦って帰り支度をしていると、ふと明日久しぶりに隆也と飲みに行く約束をしていたことを思い出した。真嗣はSNSで隆也に、吉嗣の事故で明日は行くことができない、とメッセージを送った。すると、すぐに隆也から電話がかかってきた。 「あっ、隆也、ごめん明日は」 (バカッ!そんな時に、いちいち連絡なんかしてくんなって。お前、大丈夫か?)  真嗣はあまりの突発的過ぎる出来事に直面して、何を優先して行うべきなのか思考が鈍くなっていた。 「今から家に帰って、車で帰るよ」 (お前が運転して帰んのか?) 「あぁ。車の方が、向こうでは何かと便利だしな」 (わかった。真嗣、俺が運転して送ってやるから、お前、自分の家で待ってろ。いいな?一人で行くんじゃないぞ) 「大丈夫だよ、隆也」 (だめだ。俺が行くまで待ってろ)  隆也はそう言って、電話を切った。真嗣は上司や同僚に挨拶をして、帰路に着いた。母親の涙声と想像でしかないが事故の状況を考えると、最悪の事態ばかりが頭をよぎる。今の真嗣は取り乱してはいないが、適切な判断が難しくなっている。電話口の隆也は、真嗣の様子を察していたのだった。  真嗣が家に着くのとほぼ同時に隆也も来た。 「隆也…ごめんな、心配かけて。仕事、大丈夫なのか?」 「大丈夫だから、そんなこと心配すんな。準備ができたらすぐに出よう」  隆也の運転で出発した。真嗣は道中母親に電話をかけて、吉嗣の病院を聞いた。真嗣の実家の最寄り駅近くにある救急病院で処置を受けているらしい。搬送時から意識はないと言った。 「真嗣。大丈夫だから。吉嗣君は大丈夫だから」 「そうだよな…大丈夫だよな」  真嗣の声は弱々しかった。  高速道路はスムーズに流れ、思ってたよりも早く病院に到着した。隆也は病院の駐車場に車を停めた。 「じゃあ、俺は電車で帰るけど…遠慮はいらないから、いつでも俺に頼れよ、わかったな?」 「あぁ、送ってもらって助かった」  真嗣は吉嗣のいる処置室に急いだ。

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