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第14話

「母さん…吉嗣は?」  真嗣は一階の受付付近で座っている母親を見つけて、声をかけた。 「さっき、処置が終わったばかりでね。集中治療室に移ったところ」 「で、容態はどうなの?」 「今日、明日が山場って」 「山場って…なんだよ」  真嗣は母親と一緒に吉嗣がいる集中治療室へ向かった。ガラス張りの向こうに吉嗣がいた。頭部と顔面を包帯で巻かれ、唯一見えている右眼も紫色に腫れ上がっている。口には気管挿管がされていた。 「吉嗣…」  真嗣は言葉が出なかった。母親の数子は顔を手で覆って泣いた。 「母さん…親父は?」 「今、警察」 「そう…俺も行ってくるわ」  真嗣は病院からすぐのところにある、警察署に行った。薄暗い廊下で数人の大人と幼児一人がいる中に父親を見つけた。 「親父…」 「あぁ、真嗣」  事故を起こした加害者が勤める会社の社長夫婦と、その加害者の妻と子供だった。 「この度は、本当に申し訳ございません。何とお詫び申し上げたらいいか、本当に申し訳ございません」  加害者は、家族経営の小さな運送会社で働くトラックの運転手だった。交差点で矢印信号を確認して右折しようとした吉嗣に、トラックが直進してきた。警察が事故に居合わせた周囲の車のドラレコを確認するとトラックの信号無視は明らかだった。何故信号無視をしたのかは、まだはっきりとしていないが、その加害者は事故直後の吉嗣に対して最善の救護をしたらしい。 「今まで、事故など一切起こしたことはない、優良な運転手なんです。本当に」  悲痛な声で社長が言った。 「そんなこと言っても、現に今事故を起こしてんじゃないかっ」  真嗣は声を荒げた。その声で一緒にいた加害者の子供が泣き出した。 「真嗣…やめなさい」  父親の声は静かだった。 「事故を起こした彼に、しっかり反省するように伝えてください」  真嗣と父親の嗣夫は、警察署を後にして、病院に戻った。  嗣夫は、後は吉嗣の回復を待つだけだから、一旦家に帰ろう、と言って数子と真嗣を促した。 「そうね…お母さんのことも気になるし」 「じゃあ、俺はもう少ししてから、そっちに帰るよ」  真嗣は何もできないにせよ、吉嗣をもう少し見守ってやりたかった。 「わかった。お前も気をつけてな」 「あぁ…」  吉嗣は高校を卒業し高倉酒造を継いで、今年で六年目だった。真面目に仕事にも取り組み、周りからもそろそろ次期社長にと声もある中、嗣夫はまたまだと言っていた。  真嗣は吉嗣の痛々しい姿を見ながら、ひたすら回復を祈った。  事故の二日後、吉嗣は一度も意識を取り戻すことなく、帰らぬ人となってしまった。

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