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第15話
いつの間にか、病院に地元の葬儀会社がやって来て、嗣夫や真嗣にお悔やみを述べた。数子は吉嗣を連れて帰ってもいいように、先に家に帰っていった。
病院の裏口から葬儀会社の車で、吉嗣は帰ってきた。
「こんなに、なっちゃって…痛かったわね」
数子は吉嗣の顔を優しく撫でた。
日柄をみて、通夜は明日に、告別式はその翌日に決まった。祭壇や棺をどれにするか、戒名はどうするか高倉家は悲しんでいる暇もなかった。
通夜には遠方にも拘らず真嗣の会社関係の人が数多く参列していた。そしてその中に隆也の姿もあった。
通夜式が終わり、通夜振る舞いの最中、嗣夫は真嗣が継いでくれてたら、吉嗣はこんなに早く逝かなくてもすんだのに、と涙ながらに言った。
「お父さん、今更何言ってるの」
数子が咎めたが、真嗣の耳にはしっかりと聞こえていた。真嗣はその時は何も言えなかった。
翌日の告別式も無事に執り行われた。荼毘に伏せられ、骨上げまでの待ち時間、真嗣は一人離れて座っていた。そこに真嗣の伯父がきた。嗣夫には二人の姉がいて、上の姉の夫は高倉酒造で働いている。
「まぁちゃん、突然で大変だったな。まさかよっちゃんがな…何で嗣夫君も忘れたんだろうなぁ…」
「…?おじさん、忘れたって何?」
「あぁ?聞いてなかったのか?あの日、よっちゃんは嗣夫君の代わりに、組合長に書類を届けに行ったんだよ。なんでもパチンコに行っててさ、持って行くのを忘れてたらしい。で、組合長から連絡があって、代わりによっちゃんが行って事故に遭ったらしいよ」
真嗣は昨日の通夜振る舞いの席でよくもあんなことが言えたと、拳を強く握りしめた。
骨上げを終えて、変わり果てた吉嗣を連れ帰り、そのまま初七日の法要を行なった。親戚も帰った後、急に家の中が静かになった。線香と供花の匂いが吉嗣の遺骨と遺影のある部屋中に広がっていた。
「数子さぁん…ちょっとぉ、数子さぁん」
祖母の声だった。数日前からの家の中の異変に不穏状態だった。吉嗣が亡くなったことを伝えても理解が難しくなっていた。
「数子さん、ちょっと…」
数子の顔を見て安心すると、何の用事で呼んだのかすら覚えていないようだった。
「お母さん、お腹空きましたか?」
「あっ、そうそう。よっちゃんはどこ行った?」
「吉嗣は組合長さんのところですよ」
「あっそうか。で、あんた誰?」
祖母のヨシエは真嗣を見て言った。
「おばぁちゃん、俺だよ。真嗣」
「まぁちゃんは、そんなおっさんじゃないっ」
見かねた数子がヨシエを台所へ連れていった。
「お母さん、向こうで何か食べましょう」
「あぁ、そうそう。よっちゃんはどこ行った?」
「吉嗣は組合長さんのところですよ」
嗣夫は座卓を叩いた。
「うるさいっ!俺への当てつけか。組合長ばかり言いやがって」
「親父、組合長って言えばおばぁちゃんが納得するから、母さんは言ってるだけだろ」
「だいたい、お前が好き勝手せずに、この家を継いでさえいれば、こんなことに…吉嗣はもっと生きていられたんだ」
「親父、よく言うな。おじさんから聞いたぞ。パチンコ行って」
そこに数子が来た。
「真嗣、やめなさいっ」
数子の声は悲鳴に近かった。嗣夫の口元が震えていた。
「数子さぁん…ちょっとぉ」
「うるさいっ!このクソばばぁ」
嗣夫はもう一度座卓を叩き、どこかへ行った。
「真嗣、隠していた訳じゃないけど…誠治さんから聞いたの?」
「あぁ、骨上げを待っている時にね」
「お父さんと誠治さんはあまり仲が良いわけじゃなくてね…お父さんが一番後悔しているのよ…だからどうしていいかわからなくて、あんたにも、あんな言い方するのよ」
「でも…あんな…自分のせいだろ?はっきり言って。八つ当たりにもほどがある」
「頼りにしてたおばぁちゃんもあんなになって、元々気の小さい人だからね…今だけは何も言わないであげてちょうだい」
そう言って数子はヨシエの様子を見に行った。そしてまた戻ってくると
「真嗣、あんたもう帰んなさい。こっちは大丈夫だから。仕事もそんなに休めないでしょ。次の四十九日の日が決まったら連絡するから。来てくださった会社の方達にもあんたからよろしく言っておいてね」
真嗣は吉嗣の遺影の前に座っている父親に帰ることを声をかけて、吉嗣に手を合わせた。父親からは何も言葉は無かった。
真嗣は車に乗ると、次の担い手がいなくなった高倉酒造はこの先どうなるのだろう、疲れた頭でぼんやりと考えた。
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