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第17話

 真嗣はずっと考えていた。この先、高倉酒造はどうしていくのか。認知症の祖母の介護、伯父との確執、そして吉嗣がいない状況で両親はやっていけるのだろうか。  真嗣はわかっていた。自分がどうすべきなのかを。悩む振りをしているだけで、本当はその決断をしなくてもいい、言い訳を探しているだけだった。  母親から四十九日法要の日が決まったと連絡があった。電話口の母親の声は特に変わった様子はなかった。真嗣はその日までにこの先のことをはっきりとさせなければと思った。  隆也から『松峰』への誘いの連絡があった。真嗣も一度ゆっくりと話しがしたかった。 「いらっしゃいませ」  店の扉を開けると大将の威勢のいい声がした。大将は真嗣の顔を見ると、板前帽子を外して、お悔やみの言葉を言った。隆也が話したようだった。 「ありがとうございます。本当に突然だったから、両親の方がショックを受けていて、しばらく時間はかかりますが」  すると隆也も店にやってきた。大将は真嗣を気遣い控え目に言った。 「真下さん、いらっしゃい。先週はどうもありがとうございました」  先週、弓原の一件もあり是澤からの提案で、ベルクージャスタッフ全員で懇親を兼ねて食事会を催すことになった。隆也が『松峰』のことを話し、店を貸し切って食事会をした。毒舌の進藤もいたくこの店を気に入った様子で、ご機嫌でベロベロに酔っ払っていたと隆也は話した。 「ベルクージャの奴らもさ、イカの魅力に気付いたんだよ」 「そこは、イカじゃなくて、大将の腕だろ」  真嗣は隆也との何げない会話が嬉しかった。早速生中を注文し、メニューを見ると『松峰』は秋の味覚に変わっていた。 「この間、母さんから吉嗣の四十九日法要の日が決まったって連絡がきたよ」 「そうか…親父さん達は少しは元気って言うのも変だけど、大丈夫なのか」 「まぁ…造り酒屋だから、酒をほっとくわけにもいかないしね」  真嗣は隆也を見ながら言おうか迷っていた。 「お前、何か話したいんだろ」  隆也が先に言った。 「俺さ、どうしたらいいか…実家を継ぐのか、このまま今の仕事を続けていくのか」 「お前さ、もう自分で答え出してんだろ?」  真嗣は隆也の顔を見た。隆也には真嗣の心の中はお見通しのようだった。 「…そんなこと言うなよ。俺もわかってるんだよ」  真嗣は生中を飲み干すと、隆也が温燗を注文した。 「俺は…俺はさ、お前にパタンナーとして雇ってやるって言われた時、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。お前のデザイン画を見て、こんな俺でも頑張れば叶わない話ではないって思えてさ、奮い立ったんだ。いつか、お前と一緒に仕事がしたい、お前のデザインを俺がパターンを引いて、完成した服を見てみたいって。なぁ、隆也…俺はお前と、一生一緒に仕事がしたいんだよ」  真嗣は言ってしまった、と思った。 「でもな、真嗣、人生にはさ、時にはしたい方ではなく、しなきゃいけない方をしないといけない時もある、と俺は思うんだ。お前も、本当はわかってるんだろ?悩んで、迷ってるってことは、そういうことなんじゃないのか?」  隆也は真嗣に温燗を注いだ。 「じゃあ、お前はいいのか?」  真嗣は思い余って聞いてしまったが、すぐに取り消した。 「ごめん…俺が向き合うことだった」    隆也は何も言わずに、手酌で温燗を飲んだ。 「なぁ、真嗣。お前や俺レベルの奴って、この業界じゃ掃いて捨てるくらいいるんだよ。でもな、高倉酒造にとってはさ、この世界中、お前しかいないんだよ」  真嗣は静かに目を瞑った。そして隆也をしっかりと見て言った。 「そうだよな…俺だけだよな。ありがとう…隆也」  隆也が背中を押してくれて決断をしたと同時に、真嗣は隆也への思いを、今はっきりと認識した。友情よりももっと深く熱い思いが真嗣のなかで揺らぎのないものになっていった。だが、一生かけて一緒に夢を叶えたいという思いは、離れなければならない決断となってしまった。

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