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第19話

 その日の夜、真嗣は隆也に電話をした。一つ間違えば刃傷沙汰にもなりかねなかったことを話すと、大変だったなと隆也が慰めた。 「隆也がさ、俺の背中を押してくれたから、きちんと向き合うことができた。本当に感謝してる」 (俺は、言われるほど何もしてないよ) 「いや、あの時の俺には、お前の言葉が必要だったんだよ。高倉酒造にとっては世界中でお前しかいないって」 (そんなに感謝してくれるんだったら、今度お前の奢りで『松峰』で忘年会しようぜ) 「あぁ、いいね。もうそんな季節なんだな」  たわいもない話しをしばらくして、電話を切った。 高倉酒造には真嗣が必要なのではあるが、隆也にとっても必要なパタンナーになりたかった。隆也にお前しかいないって言ってもらいたかった。決断は間違っていない、何度そう思っても、ふとした時に気持ちが揺らいでしまうのはどうしようもなかった。  年が明けると忙しくなるなと真嗣は気持ちを引き締めた。    新しい年が明けたが、おめでとうの言葉は控えられた。隆也と一緒に初詣に行った帰りに、真嗣の家で飲むことになった。 「なぁ、喪中でも初詣に行ってもいいんだな」  隆也が聞いてきた。 「俺も気になってさ、実家で聞いたら、四十九日の忌中を過ぎたらいいらしい。でも神社じゃなくてお寺にしなさいって言われたけどね」 「ふぅん…知らないことだらけだな」 「冠婚葬祭は特にそうだな」  真嗣の家は築年数が経っている団地で、ファミリーも住めるくらいの広さだった。 「お前ん家、広いな…」 「まぁ、古いけど、一人暮らしには十分だな」  真嗣はガスストーブとこたつのスイッチを入れた。 「うわぁ。こたつじゃん。いいなぁ…冬はこたつだよな」  隆也は嬉しそうにこたつに脚を入れた。真嗣はキッチンで酒の用意をした。年末に買ったかまぼこと実家でもらってきた筑前煮と数の子を皿に盛った。 「では、あらためて、今年もよろしくな」  「去年はお前に色々世話になったけど…こちらこそよろしく」  酒の入ったコップを互いに軽く上げた。 「俺さ、六月くらいに帰ることにしたよ」  年末年始の帰省で、両親と話し合った。まだもう少し先でもいいと言われたが、真嗣は先延ばしにしても帰ることに違いないのであれば、きりがいい時期を考えた。 「そうか…」 「まだ、会社にも言ってないし、ちゃんとした日にちも決めたわけじゃないんだ。親はさ、もう少し先でもって言ってくれたんだけどさ、酒造りって七月一日が年度始まりなんだよ。だからそれまでにって思っててね」 「うん。お前が決めたんなら、俺は応援する…って言っても何をどう応援していいかわからんけどな」  隆也は軽く笑った。 「じゃあ、俺の造った酒をいっぱい飲んでくれ」 「そういうことなら、お安い御用だ」  酒もだいぶと進んだ頃、真嗣は隆也に、なぁ覚えているか、と話し始めた。 「お前、あの時結構酔ってたからなぁ…『何故、人は服を着るのか?』って俺に聞いただろ?そん時はお前も俺も繁殖だの求愛だのって、はちゃめちゃなこと言ってたんだけど。俺はあれからずっと考えてたんだよ」 「ぜんぜん覚えてないけど…それで答えは出たのか?」  真嗣はコップを見つめながら言った。 「何故、人は服を着るのか…人は弱くて、脆くてちっぽけで、小さくて…だから、同じ物を着て仲間意識を高めたり、自分を強く見せようとして過激な服装にしたり、華美に着飾ったりして誰かに気に入られようとしたり…結局さ、誰かと繋がりたいんだよ、きっと…だから人は服を着るんだよ」 「ふぅん…いい答えだな」 「だろ?」  一緒に働くための隆也からの就職試験だったが、出題した当の本人は覚えていないし、合格したところで就職はないとわかっているが、それでも隆也に答えを聞いてほしかった。 「なぁ…その答え俺のものにしていい?」 「なんだよ、それ。ずるいぞ」 「いいじゃん…じゃあ、一緒に考えました、にしよ」  真嗣は隆也を横目で見て 「いいよ。その代わりさ、暖かくなったら一緒に旅行しないか」  隆也はオーケーの代わりに右手でサムアップした。

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