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第27話
「お疲れ様でした。すっごく素敵な写真いっぱい撮れました。あの…この後よかったらうちに来ませんか?お着替えもあるし、データもお渡ししたいし」
美香の家はさっきの教会からすぐのところらしい。真嗣と隆也は美香の申し出を、ありがたく受けることにした。着替えをさせてもらえるだけでも助かった。
ほんの数分で到着した美香の家は、もはや屋敷という言葉の方が合っていた。美香は車を降りると、瓦葺きで檜造りの立派な門を開けて、車を敷地内に誘導した。真嗣は恐縮しながら車を入れると、庭先に美香の母親とおぼしき女の人がにこやかにこちらを見た。
「お母さん、お客様。花婿さんと花嫁さん。そこの教会で知り合ってね、写真撮らせてもらったの」
美香は嬉しそうに話すと、後部座席の隆也が降りるのを手伝った。
「あらまぁ。素敵なお客様だこと。さぁ、どうぞ中へ入って、入って」
「すいません。突然お邪魔して」
「いいえ、目の保養になるわ、ねぇ美香ちゃん」
「でしょう、さぁどうぞ」
車が軽く十台は駐車できそうな庭を通って玄関まで行き扉を開けると、家の中は想像以上だった。
「美香ちゃん家って、大豪邸だね」
「まぁ、広い方だとは思うけど。この辺りだと普通ですよ」
そう言って、美香は着替え用に一部屋を使わせてくれた。着替えが終わり広い廊下に出ると美香が手招きしている部屋に行った。隆也の家より数倍広いリビングだった。
お茶でもどうぞ、と言って二人を見た母親は不思議なものでも見たような顔をして、ごゆっくりと言って他の部屋に行ってしまった。それを見て美香はクスクス笑った。
「美香ちゃん、ちゃんと説明しといてよ。お母さんびっくりされてるよ、きっと。花嫁だと思ったらこんなおっさんだったなんてさ」
「いいから、いいから。それよりデータどちらのスマホに移します?」
「隆也の方でいいよな」
真嗣がそう言うと、隆也は美香にスマホを渡した。
「美香ちゃんはさ、今日、何であそこでカメラ持ってたの」
普段の隆也より積極的にあれこれ話していると、真嗣は思った。
「コンテストに出す写真の被写体探しで、うろついてました」
「コンテスト?」
美香は自分のカメラと隆也のスマホをケーブルで繋ぎながら、話した。
「写真部の顧問の先生から、勧められて…最後の学年だし一度挑戦してみたらって」
美香の写真の腕前は部長だけのことはあって、露出補正や構図の取り方はセンスがあると顧問の先生からよく褒められる、と美香は照れながら話した。そこで、地元の新聞社が開催している写真コンテストに応募しようと被写体を探していたのだった。
「コンテストのテーマは何?決まってるだろ」
「それがね『自然』なんですよ。テーマの幅が広過ぎて悩んじゃって…で、あの教会、木立の中にあるでしょう、昼過ぎからは、天気によってはいい感じの木漏れ日が撮れるんですよね」
美香はあっという間に、写真データを隆也のスマホに移した。
「あの…高台で撮った写真のデータ。一つもらってもいいですか?」
「あぁ、いいよな?真嗣」
「もちろん」
「で、そのう…もらった写真、コンテストの応募作品にしてもいいですか?お願いしますっ」
「いやいや、それはないって…おっさんのコスプレ写真出してどうすんだよ」
真嗣は少しショックを受けた。隆也にとってはコスプレだったんだと。言われても仕方がないが、こうもはっきり言われると、何も言えなくなった。
「コスプレだなんて、ひどい。でも、本当はそんなこと思ってないくせに…私の目は誤魔化せませんよ。お兄さん達は素敵な結婚式を挙げてましたよ」
「大人をからかうんじゃないよ」
「本当に素敵だったんですよ…あの教会でベールを上げた後のキス…あの写真撮った時私ね、将来は絶対にカメラマンになりたいって思ったんです。あの素敵で幸せな一瞬を写真に残せるなんて、すごい職業じゃないですか、カメラマンって」
隆也は真嗣を見て言った。
「俺達の結婚式が、一人の少女の将来を決めたんだって。お前、何しょんぼりしてんだよ」
「…いや。あの美香ちゃん…俺は応募してもらっても構わない。美香ちゃんが撮ったわけだから美香ちゃんの作品だしね。でもね、その写真は保険にしておいて。締め切りギリギリまで色んな写真撮って、それでも、あの写真が一番と美香ちゃんが思うんだったら出してもらって構わない。なぁ隆也」
「そうだな。お前の言う通りだ」
美香は二人の顔を交互に見ながら、はいっ、と元気な声を出した。その様子を見て隆也が言った。
「なぁ、美香ちゃん。本当にカメラマンになりたいんだったら、俺の知り合いに何人かカメラマンがいるから、一度スタジオに来て、生の撮影現場とか見てみる?」
「えぇっ⁈…本当ですか?本当に行っていいんですか?」
美香は信じられない、といった顔で隆也を見た。
「大袈裟だな」
隆也は笑った。真嗣も笑顔になった。
「だって、本物のカメラマンの仕事場ですよ。そんなこと、滅多にあるわけないじゃないですか」
「美香ちゃんに写真を撮ってもらったのも、何かの縁だしな…来れそうな時にここに連絡して、段取りしとくからさ」
隆也はそう言って、名刺の裏にスマホの番号を書いて美香に渡した。
「あっ、でもちゃんと親御さんの許可をとるんだよ。勝手に一人で来るのはなしだからな」
「はいっ、わかりました。勉強も頑張って、テストでいい点を取って、両親にちゃんと許可をとります」
「絶対だぞ」
美香は隆也に、はい、とばかりに敬礼をした。
隆也は美香からスマホを受け取り、真嗣に、そろそろ失礼しようか、と言った。二人は玄関で美香の母親に挨拶をしようと思った時、玄関扉が開いて、包みを持った美香の母親が入ってきた。
「あぁ、よかった間に合って。これ、この辺りの縁起物なのよ。お二人のお祝いにと思って。よかったら持って行ってちょうだい」
「えっ…あぁ…あの」
突然の贈り物に隆也は口ごもった。すると真嗣が
「ありがとうございます。せっかくですので遠慮なくいただきます」
そう言って、包みを受け取ると、ずっしりと重かった。美香の母親は微笑みながら言った。
「それね、蒲鉾なのよ」
二人は丁寧にお礼をして、竜泉寺邸を後にした。
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