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第29話

 真嗣は毎年桜の季節がくると思った。  日本人は本当に桜が好きなんだと。ある程度年齢を重ねると、誕生日を祝うより、来年も健やかで満開の桜を見たいと想う。そして花見酒に興じている。  退職まで三ヶ月を切った真嗣は、後輩へ仕事の引き継ぎや、関係各所に退職をすることを伝え初めていた。  なんとか真嗣の退職を引き止めようと、社長から直々に嘱託職員としてオンラインで在宅で仕事を続けてくれないか、と言われた時は涙が出そうになった。真嗣が今からしようとしていることは、片足だけ突っ込んでできるような仕事ではない。丁重に断わると、渋い顔をした社長は最後は笑顔で納得をしてくれた。  数年間『さくら』でパタンナーとして働いたことは、仕事上で直接は関係していなくても真嗣にとって財産になると思っている。だが、隆也のパタンナーになれなかったのは、今でも悔やまれる。思っても、もう仕方のないことではあるが、奥歯を噛み締めてしまう。一生を賭けてもいいと思えた奴と立ち上げたかったブランド。隆也一人でも間違いなく自分のブランドを立ち上げるだろう。だがその時は自分ではなく、もっと優秀なパタンナーが傍にいる。  実家に帰るまでのあと数ヶ月間、きちんとした振る舞いをしようと、真嗣は改めて思った。  桜の季節があっという間に過ぎ去り、今年も猛暑が予想されるような、季節感のない暑い日が続いていた頃、隆也から連絡があった。美香が写真コンテストで賞をもらったと、昨夜、隆也のスマホに電話がかかってきたらしい。真嗣はあの教会での撮影会を思い出した。撮った写真は確かに高校生離れをしていると感じていたが、本当に賞を受けるとは、思ってもみなかった。隆也に連絡があったということは、コンテストに応募した写真は結局あの写真だったんだと、真嗣は苦笑した。  写真コンテストを主催した新聞社は地方紙とはいえ、発行部数はその地域では全国紙を上回っているらしく、受賞は美香の通う学校でも大々的に広まったことを美香は興奮気味に言っていた、と隆也は話した。コンテストの受賞者とその作品が掲載された新聞を隆也宛に送ったらしく、それが届いたら『松峰』で飲もうと約束をした。  その四日後、二人は『松峰』にいた。  隆也は昨日届いたと言って、A4サイズのクラフト紙の封筒をテーブルに置いた。中を開けると新聞が二部と封筒が入っていた。二人は新聞を手に取ってその発表記事を探した。それは中程の紙面に見開きで掲載されていた。美香が受賞したのは審査員特別賞だった。写真は名刺より少し大きめのサイズで載っていた。その写真の下に、美香の名前、竜泉寺美香の文字とタイトルとして『風のドレス』とあった。 「あいつ、やっぱりこの写真出したんだ。オシャレなタイトルつけてさぁ」  隆也は笑いながら、真嗣に言った。そして更にその下の講評を読んだ。 「えっと、『緑豊かな自然の中で、性別の関係なく結ばれた二人を風が祝福しているいるような、その一瞬を捉えた表現はこの賞に値する。』…だってさ。俺達は結ばれていることになってるぞ…作品の応募理由に一体何を書いたんだか…」    隆也は新聞と一緒に入っていた封筒も開けて中の手紙を読んだ。 「あいつはどうしても、俺達を同性婚にしたかったんだな…ったく、困った女子高生だな」  と言って、その手紙を真嗣に渡した。 「まぁ、妖精の結婚式にされなかっただけマシか」  その手紙には、写真を撮らせてもらったお礼と、二人が否定しようと自分にはカップルに見えました、と目がハートになっている絵文字も一緒に書かれていた。  真嗣は改めて新聞のその写真、風を纏ったようなドレス姿の隆也が自然な笑顔で真嗣にキスをしているのを見て、しみじみと言った。 「やっぱり…お前、綺麗だな」 「はいはい、俺は美しいんです。じゃあ、乾杯だ」 「お前が照れると、なんか可愛いな」 「うるせぇよ…お前はこの間から…まぁいいや」  二人で美香の受賞と前途ある将来に乾杯した。そして受賞のお祝いと受け取った新聞のお礼のメッセージをSNSで送った。

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