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第2話 はじめてのプレイ練習(1)

 犬飼と仮のパートナーになってから、初めて迎えた週末。 (う、生まれて初めて、上司の家に来てしまった!)  ピンポーン、とマンションの共同玄関でインターホンを鳴らす。  羽柴は犬飼の住まいを訪ねていた。というのも、プレイ練習の申し出があったのだ。  まずは簡単なコマンドから試してみようという話になり、日取りを決めたのが、つい昨日のこと。そうして現在に至るのだが、 「こんにちは、羽柴です! 今日はよろしくお願いします!」 『羽柴か。……すまない、誘っておいてなんだが場所を変えないか? 片付けが間に合わなかった』 「え? 大丈夫ですよ、そんなの気にしません。何なら俺も手伝いますしっ」 『……そうか、それならいいんだが』  インターホン越しに犬飼と会話をしながら、羽柴は内心で首を傾げた。男同士だというのに、いったい何を気にするというのだろうか。  そうこうしているうちにも共同玄関の鍵が開いて、エレベーターに乗り込む。犬飼の部屋がある階層に到着すると、羽柴は足早に廊下を進んだ。 (犬飼さんの部屋って、どんな感じなんだろ。きっと高そうな家具とかがあって、めちゃくちゃオシャレなんだろうなあ)  玄関前まで来たところで、ガチャリとドアが開く。  顔を覗かせた犬飼との挨拶もそこそこに、部屋の中へ上がらせてもらい――そして、思わず絶句したのだった。 (きたなっ!?)  リビングはあまりにもな惨状だった。床に散らばったゴミの数々、中身が散乱したティッシュペーパーやクッション、破れてしまったカーテン……いや、どこを見ても酷い。  羽柴は開いた口が塞がらないまま、おずおずと声をかけた。 「ワイルド――いや、アグレッシブな部屋っすね!?」 「わざわざフォローしなくていい。余計に惨めになるだけだ」  言いながらも片づけを始める犬飼。それにならって、羽柴もゴミをまとめだす。 「というか、もしかしてこれって」 「ああ、昨夜は自宅でポメラニアンになってしまった。運動は心掛けているんだが、ストレスの発散がどうにも難しくてな」 「ちょっと、そういうときは呼んでくださいってば! 『すぐ駆けつける』って言ったのに、どうして遠慮しちゃうんですか!?」 「今日も会うことを考えたら、気が進まなかったんだ。まあ、自分でもここまで部屋を荒らすとは思わなかったが」  犬飼はバツが悪そうに視線を逸らした。その横で、羽柴は唇を尖らせる。 「部屋がどうこう以前に危ないですって。ポメラニアンは骨が細いから骨折しやすいし、フローリングで駆け回るだなんてもうっ――ちょっとした高さから飛び降りたら、ポキッといきますよ?」  そう言い募ると、さすがの犬飼も堪えたのだろうか、「うっ」と小さく呻いてみせた。 「……そうだな、羽柴の言うとおりかもしれない。これからは気をつけようと思う」  鬼上司らしからぬ殊勝な反応だった。いつもがいつもなだけに、羽柴は目を丸くさせる。 (なんか調子狂うっていうか。仕事以外の話、犬飼さんとは大してしてこなかったし……)  誰も寄せつけないような雰囲気をまとい、常にピリピリしている上司。それがどうだろう――普通に会話ができていることに、今さらながら驚くとともに喜びを感じる。  そうして、片付けも一段落ついた頃。簡単に昼食をとってから、いよいよ本題へと入ることとなった。  ローテーブルを挟んで向かい合わせに座りながら、羽柴は落ち着きなくコーヒーをすする。犬飼は緊張した様子もなかった。 「まずはプレイをするにあたって、互いのダイナミクスについて理解を深めたいと思う。そのうえで、いくつか取り決めをしよう」

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