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第2話 はじめてのプレイ練習(2)

「えっと、それなんすけど……やっぱ俺、自分のことなのによくわかってなくて」 「構わない、元々がNormalなんだから当然だ。ただ、相手の《NGプレイ》だけは頭に入れておけ」 「NGプレイ……」 「ダイナミクスの欲求には個人差がある。たとえば俺の場合、コマンドで命令や指示を出されるのが好ましい。よって、NGプレイは暴力、あるいはそれに準ずる行為だ」  覚えておけ、と念を押される。羽柴は慌てて手を横に振った。 「ぼっ、暴力なんてしませんよ! そんなの無理無理っ!」 「念のためだ。それから《セーフワード》も決めておこう――さすがにこれくらいの知識はあるな?」 「あ、はい。プレイ中にSubが限界を感じたとき、口にする言葉ですよね。それを聞いたDomは、即座に行為を中断する決まりになってます」 「そのとおりだ。ちゃんとわかっているようだな」  先ほど犬飼が言っていたように、ダイナミクスの欲求には個人差がある。  特にSubに関しては、心身に支障をきたすことになりかねないので、事前にセーフワードを決めておくことが必須となるのだ。 「特に何もなければ、セーフワードは『Red(レッド)』にする。一般的なワードだから、これも覚えておくといい」 「はいっ、わかりました」  犬飼の主導のもと、事務的に話が進んでいく。  最後に「何か質問は?」と訊かれ、羽柴は小さく手を挙げた。感じたことを苦笑混じりに尋ねてみる。 「あの、犬飼さんって本当にSubなんですか?」 「他人には注意しておいてセクハラか?」 「すすすみませんでしたあッ!」  勢いよく頭を下げるこちらに対して、犬飼はフンッと鼻を鳴らした。何を思ったのか、ローテーブルの向こう側から手を伸ばしてくる。 「ルールを追加する」  静かにそう告げると、こちらの顎を指先で持ち上げてみせた。それから、有無を言わせぬ口調で続ける。 「プレイ中は上司も部下も関係ない、互いに対等な関係だ。したがって敬語を使うな」 「え、ちょっ!?」 「敬称もいらない。そして苗字ではなく、名前で『蓮也(れんや)』と呼ぶように」 「ハードル高くなってないすか!?」  冗談ではない。突然のルール追加に異議を唱えるも、犬飼は冷ややかな目を向けてくるばかりだった。 「やる前からそんなことを言ってどうする。ほら、そこのソファーに座るといい――さっそく始めるぞ」 「っ、はい……」  羽柴は言われるがままに、ソファーへと腰を下ろす。  まるで面接でも受けているかのようだ。いよいよプレイをするのだと思うと、緊張で体が強張ってしまうのを感じた。  それでもなんとか悟られぬように――と、しっかりとコマンドを告げる。 「Come(おいで)」  すると、ぴくりと犬飼が反応した。  コマンドを受けたことで、Subの本能が刺激されたのだろう。ゆっくりと立ち上がって、こちらの前までやってくる。 (なんだ、これ……)  今まで感じたことのない感覚に、羽柴は生唾を飲み込んだ。  ぼんやりとしている間にも、犬飼はぺたりと座り込んで、羽柴の膝に顎を乗せてくる。 「《ケア》はどうした?」  柔らかく囁やかれた言葉。羽柴がハッと見やれば、犬飼は撫でられ待ちをする犬のごとく、こちらをただ見つめていた。 「よくできました、Good boy(いい子)」  Subを労わる行為を忘れるとは、Domとしていかがなものか。コマンドをきいてくれたことを褒めるべく、遅ればせながら手を伸ばす。  初めて触れた犬飼の髪は柔らかくて、サラサラとしていた。そのままゆっくりと撫でてやれば、心地よさげに目を細めるのがわかる。 「……そう身構えるな、もっと楽にしていい。その方がこっちも身を任せられる」

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