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第5話 さらけ出して、君となら(4)

 確かに、犬飼の言うことは一理ある。しかし、ダイナミクスという〝第二の性〟に振り回されて、本能のままに行動し――その結果として誰かを傷つけたり、苦しめたりするのは本意ではない。  羽柴が黙りこくっていると、犬飼はまたもや苦笑を浮かべてみせた。 「酷いこと、と言ったか? 先ほどの口ぶりといい、どうにもまだSub(おれ)のことをわかっていないようだな」 「え……?」 「少しでも嫌だと思えば、セーフワードを言うに決まっている。そうしなかったのは、まぎれもない俺の意思だ」  おもむろにこちらの手を掴んでくるなり、犬飼は自身の首筋へと導いていく。  生々しく伝わってくる、滑らかな肌の感触と体温。そして、どくどくと脈打つ生命の鼓動……。  そのすべてに、何とも言いがたい感情がせり上がってくる。羽柴は怖気づいたように、ピクッと指先を震わせた。 「怖いか?」 「い、犬飼さんが言う立場じゃないと思いますっ」 「……俺は少しも怖くない」  犬飼は依然として穏やかに微笑んでいる。一度言葉を区切ると、羽柴の目を真っ直ぐに見つめて続けた。 「わからないのか? 羽柴を〝信頼〟しているからこそ、身も心も委ねられる。そして、そこに〝安心〟という名の多幸感が生まれるんだ」 「俺を、〝信頼〟しているから?」  羽柴が呆然として呟けば、犬飼はどこか誇らしげに頷いた。 「俺にとって羽柴は、大切な部下の一人であることに変わりない。ただ、これでも君のことは、ずっと見てきたつもりだ」  思いもよらぬ突然の告白に、羽柴は目を瞬かせる。なおも犬飼の言葉は続いた。 「いつだって真っ直ぐで、ひたむきで……危なっかしいところもあるが、俺が知っている他の誰よりも優しい。そんな君の人柄を尊敬しているし、以前から見どころのある男だと思っていた」  そこまで言って、「いや」と首を振ると――犬飼は深く息をつく。そうして、再び口を開いた。 「この男になら、すべてを捧げてもいいと思えた」  それを耳にした途端、羽柴の心臓が大きく脈打った。  胸の奥底から熱いものが込み上げ、体中が火照って仕方ない。赤くなった顔を片手で覆いながら、羽柴は思いきり動揺してしまう。 「俺、そこまで言ってもらえるような人間じゃ」 「何を言っている、あまり自分を卑下するな。……それとも、上司の言葉が信じられないのか?」 「ぐっ」  有無を言わさぬ迫力に負け、羽柴は口をつぐんだ。  犬飼はこちらの様子に顔をほころばせると、掴んでいた手を自身の首から引き剥がす。そして、今度は手の甲にキスでもするかのように、口元へと近づけたのだった。 「確かに、『性に振り回されている』と言ってしまえば、それまでかもしれない。……だが、これが俺なんだ。俺は他でもない、羽柴に支配されたいと心から願っている」 「犬飼、さん……」 「だから君も――どうか、俺のことを信じてほしい」  犬飼はそう言って、祈るように目を伏せた。  その仕草があまりにも美しく、羽柴はつい見惚れてしまう。 「そんなこと言われたら、期待しちゃいますよ。……もしかしたら犬飼さんも、って」  パートナー関係に、なにも恋愛感情は必要とされない。  今感じている胸の高鳴りも、火照った頬の熱もすべて、Subである犬飼を「支配したい」と願う本能からくるものかもしれない。  ――けれどそこには、決して目を逸らすことのできない、確かな想いがあった。 「俺、犬飼さんのことがっ!」  ぎゅっと瞼を閉じて、羽柴は衝動のままに声を張り上げる。

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