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第6話 信頼の証とつながる心(9)★
「そんなこと言われたら、がっついちゃいそうなんすけど」
「望むところだ。……体力自慢、なんだろう?」
挑発的に耳元で囁いてやれば、羽柴は煽られたように自身を引き抜いた。精液が溜まったコンドームを処理しつつ、新しいパッケージを口に咥えだす。
「煽った責任、ちゃんと取ってもらえるんでしょうね」
羽柴の目にもう迷いなどない。歯で荒っぽく封を切って、コンドームを装着し終えると、再び怒張を押し当ててくる。
「あ、あぁ……羽柴っ――」
今度は一気に奥まで貫かれ、体位を変えながらしつこく求められた。
一回だけ、という口ぶりだったが冗談ではない。気づけば明け方も近く、羽柴の体力は底なしなのだと、身をもって思い知らされたのだった。
◇
翌日。犬飼が出社すると、オフィス内はちょっとした騒ぎになった。
「ええっ! 犬飼主任ってSubだったんですか!?」
顔を合わせるなり、後輩の男性社員が驚いたように声を上げる。
それもそのはずだ――犬飼の首元には、羽柴から贈られた黒い首輪がはめられていたのだから。
一瞬にして注目が集まったが、Subであることを隠していたわけでもないし、わざわざ気に病む必要性も感じられない。犬飼は平然とした面持ちのまま、自身のデスクに腰を下ろす。
ところが、黙って見過ごせない男がいたようだ。
「こ、こらあ! セクハラ反対っ!」
羽柴が大股で歩み寄ってくる。間に割って入ると、こちらの顔を覗き込んで、ひそひそと小さく声をかけてきた。
「蓮也さんっ、なにも会社にまで付けてこなくても!」
「君だって、似合うと言ってくれただろ。それに――牽制の意味でも、パートナーがいることを知らしめたいしな」
周囲へ見せつけるように、羽柴の顎を指先でちょんと持ち上げる。すると、社員ら(主に女性)が一気にどよめいた。
「やだあ、違った意味でドキドキしちゃう」
「主任、色気があって……す、素敵!」
そんな数々の反応に、羽柴ときたら大慌てである。
「ここっ、この人は俺のだから駄目! 《グレア》飛ばしますよ!?」
と、犬飼の前に立ちふさがるなり、キャンキャンと番犬のごとく吠えてみせる。
グレアとはDomの本能的な威嚇行為のことだが、わざわざ「飛ばしますよ」だなんて聞いたこともないし、現に周囲も色めき立って騒ぐばかりだ。
「……ちょっと意外。普通に考えたら、二人とも逆に見えるのに」
ふと聞こえた言葉に、つい犬飼は苦笑してしまう。わからないでもないが、羽柴にも失礼だろう。
「なに、羽柴はいい男だ。Domとしてもプレイが上手いしな」
涼しい顔で言ってやれば、周囲も羽柴も一斉に沸き上がった。話題はすっかり二人のことで持ちきりとなり、羽柴は照れつつも満更でもなさそうにしている。
もちろん、犬飼とて悪い気はしない。が、さすがにこれ以上騒がれても困るので、場を取りなすように呼びかけることにした。
「わかったなら、それぞれ業務の準備をしてくれ。……羽柴も、職場での公私混同は避けるように」
厳しい態度で釘を刺すと、各々返事をして散っていった。
それからは、いつものようにメールチェックに取り掛かったのだが、突然の内線電話に中断させられてしまう。
受話器を取れば、相手は営業部の部長だった。どうやら始業前に確認したいことがあるらしく、犬飼は部下に断りを入れてから席を立つ。
(始業前に呼び出すだなんて、いったい何の用なんだ?)
疑問に思いながらも、オフィスを出て廊下を歩いていく。
しばらくして、呼び出された先の会議室前で足を止めた。ドアをノックすれば、室内から部長の低い返事が返ってくる。
「失礼します」
犬飼は静かにドアを開け、会議室内に入った。
すでに部長は席についており、神妙な面持ちでこちらを見つめている。他に社員はおらず、どうやら二人きりの場らしい。
「朝から悪いね。まあ、座りなさいよ」
気安く言って、部長が向かいの座席へ手招く仕草をする。
犬飼は促されるまま席についた。
「はい。それで、お話というのは?」
前置きに長々と世間話をされても困るので、さっそく本題を切り出す。
すると、部長は「ああ」と相槌を打ったのちに、思わぬことを口にしたのだった。
「単刀直入に言うけど――ベトナムにある支社へ、現地駐在してもらうことになった」
……それは晴天の霹靂 とも言える、想定外の辞令。犬飼は驚きのあまり言葉を失った。
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