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番外編 はじめての発情トラブル(1)★
ベトナム駐在における生活の拠点は、コンドミニアムの1LDKだ。
羽柴が赴任してきたことにより、二人で同居することになったのだが――その日、犬飼は思わぬトラブルに見舞われるのだった。
「――……」
ポメラニアンの姿のまま、ソワソワと落ち着かぬ心地で室内を歩き回る。
体は熱っぽくて怠いし、頭はぼうっとして思考がまとまらない。ベッドの上に羽柴の衣服を積み重ねては、匂いを嗅いでみたり、埋もれてみたり……と、なんだか妙な行動ばかりとってしまう。
今日は朝から悪寒がしていたので、大事を取って早めに会社を出たのだが、帰宅して早々このざまだ。時刻はすでに午後八時を回っているが、羽柴はまだ帰ってこない。
「クウゥーン……」
切なさと心細さから、思わず情けない鳴き声が漏れる。
すると、それに応えるかのように、玄関の方から物音が聞こえた気がした。
「蓮也さんっ!」
羽柴の声だ。
次いで、すぐに異変に気づいたのか、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。寝室のドアが勢いよく開け放たれ、羽柴はこちらを見るなり、大きく目を見開いた。
「……これ、ぜんぶ俺の服? どうしたんですか、こんなことしちゃって」
包まっていたシャツごと抱き上げられる。その途端、ふわりと漂う香りに眩暈のようなものを覚えた。
(っ、どうなっているんだ……)
鼻腔をくすぐるそれは、まぎれもないDomのフェロモンだ。欲求不満でもない限り、普段は微かにしか感じられないというのに、今は頭がくらくらするほど濃厚に感じられる。
自分の体が急速に熱を上げていく感覚に、犬飼は四肢をジタバタと動かした。
「わっ、ごめんごめん! 下ろすから!」
羽柴が慌てて、犬飼のことをベッドに下ろす。それから自分も腰を落ち着けるなり、少し考える素振りを見せた。
「もしかして――蓮也、Roll 」
「ハフハフッ」
と、コマンドに従って仰向けになったのはいいが、羽柴の手が下腹部を撫でてくるものだから、思わずぎょっとしてしまう。
何をしているのかと思えば、大きく膨らんだ陰部を目にしたようで――、
「そういえば、普通は去勢するものだけど……ついてたんだっけ」
この男は何を言っているのか。去勢などできないに決まっているだろう。
しかし羽柴の口ぶりで、さすがの犬飼も理解した。これはオス犬としての本能の現れなのだと。本来は発情期のメスに反応するものだろうが、おそらくは〝第二の性〟である羽柴のフェロモンに誘発されたものに違いない。
「歯の状態を見る限り、まだ子犬っぽいしなあ。ちょうど相手のフェロモンが気になる時期を迎えちゃったんでしょうね」
口を開けさせられ、歯の具合を確かめられる。
犬飼はされるがままになっていたが、ふとその手に噛みつきたい衝動に駆られた。甘噛みを繰り返せば、羽柴はくすぐったそうに笑う。
「好きなだけ甘えていいよ、蓮也。最近はプレイも大してできなかったし、ちゃんと気づいてあげればよかったね」
よしよし、と頭を撫でられて、犬飼の中でくすぶっていた欲求が満たされていくのを感じる。
そのうち人間の姿に戻っていたが、全裸のままで、なお甘えるように甘噛みしてみせた。相手もこちらのフェロモンを感じ取っているらしく、余裕のなさが露呈しだす。
「蓮也」
顔を上げたときにはもう覆い被さられていて、即座に唇が重ねられた。
息継ぎもままならないそれに、苦しくなって身を離そうとするも、「Kiss 」とコマンドを使われてはどうしようもない。夢中になって口づけに応えては、ご褒美とばかりに頭を撫でられてしまい、酩酊 していく。
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