61 / 63
小ネタ ちょこっとだけオフィスラブ♡
「あの、犬飼主任」
給湯室から出てきた羽柴は、偶然にも通りがかった犬飼のことを呼び止めた。
周囲をきょろきょろと見まわしたあと、手にしていたファイルで隠すように一瞬だけキスをする。犬飼は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。
「公私混同は避けろ、と言ったはずだが」
「すみません。口元のほくろ見たら、つい」
「……どういう理屈だ」
「そ、それに、こうして同じオフィスで働けるのもそう長くはないですし」
慌てて弁解するようになってしまったが、どちらにしたって本心だ。
犬飼のベトナム駐在が決まってからというもの、互いに忙しい日々が続いている。同じ空間で働けるのもあと少しだと考えると、どうにも寂しく、つい欲が出てしまった。
犬飼はこちらの言葉を聞くなり、黙り込んでしまう。
その顔色をソワソワとうかがっていた羽柴だったが、次の瞬間には力強く腕を掴まれていた。
「えっ、主任!?」
何事かと思えば、ずるずると給湯室まで連れていかれる。
続けざまに、犬飼は羽柴のネクタイを思い切り掴んできた。グイっと引き寄せられて、互いの鼻が触れ合ったのも束の間――瞬く間に、唇が重ねられる。
「っ!」
それは深く貪るようなもので、羽柴は大いに驚かされることになった。
時間にしたら、ほんのわずかな出来事だったかもしれない。けれども、ようやく解放されたときには息が上がっていて、腰のあたりがずくりと疼くのを感じた。
「公私混同は避けろ」と言ったのは、いったいどこの誰だったのか。こちらを見上げる犬飼の眼差しには、隠しきれない情欲が宿っている。
「……蓮也さんのエッチ。こんなことされたら、収まりつかなくなるんすけど」
「そうか、頑張れ」
思わぬことに、あっけなく身を離されてしまった。
羽柴は「ええっ!?」と声を上げたが、犬飼は素知らぬ顔で給湯室から出ていこうとする。かと思えば――、
「今夜、部屋で待っている。ちゃんと切り上げて来いよ」
去り際にそんな言葉を残していくものだから、まんまとしてやられた。羽柴は背筋を正して、元気いっぱいに返事をする。
「はいっ、最善を尽くします!!」
そうしてオフィスに戻ると、意気込んで外回り営業に向かったのだった。
ともだちにシェアしよう!