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小ネタ ポメラニアン的なヤキモチ
ベトナム駐在に伴い、羽柴は住んでいたマンションを引き払って、犬飼と同じコンドミニアムに居を構えることとなった。
生活に必要なものはすでに揃っているし、私物もそう多くはない。荷解き自体はすぐに終わったのだが――、
「……羽柴。このぬいぐるみは?」
「ああ、可愛いでしょ?」
荷物の整理を手伝ってくれていた犬飼が、大きなぬいぐるみを引っ張り出してきた。その顔は「なぜこんなものを?」とでも言いたげで、眉根に皺が寄っている。
羽柴はぬいぐるみを受け取ると、満面の笑みを浮かべて答えた。
「蓮也さんがベトナムに行ったあと、偶然見つけたんすよ――ブラックタンのポメちゃん!」
そう、それはポメラニアンのぬいぐるみだった。
つぶらな瞳とふっくらとしたフォルムが愛らしく、デフォルメこそされているが、ブラックタンの毛並みが上手い具合に再現されている。気がついたときには、もう衝動買いをしていたくらいだ。
「ブラックタンの……」
「へへっ、蓮也さんに似てると思って。抱き心地も抜群で、ちょうど抱きしめて寝るのにいいんですよね」
と、羽柴はぬいぐるみを抱きしめる。
ちょっとした寂しさを紛らわすつもりだったのだが、これが思いのほか気に入ってしまったのだ。
ふかふかの布地に顔を埋めると、なんだか犬飼と触れ合っている感覚を思い出すようで――おかげでよく眠れるようになったし、毎日のように抱きしめていたりもした。
一方、当の本人はといえば、腑に落ちないといった表情を浮かべている。
「君は、そんなものを抱いて寝ていたのか」
「え? はい、そうですけど」
「………………」
犬飼はムッとした様子だった。無言のままに、羽柴の腕からぬいぐるみを奪い取ると、ぽいっとソファーの上に放り投げてしまう。
「ああっ、ポメちゃん!」
「……今はもう、俺がいるだろうが」
言って、犬飼が抱きついてくる。
羽柴は思わずぽかんとしてしまったが、すぐにハッと我に返った。
(もしかして、ヤキモチとか!?)
あの仏頂面の下で、どんなことを考えていたのだろうか? いやまさか――と思いつつも、そうであってほしいと期待してしまう。
羽柴は犬飼の腰に手を回すと、そのままぎゅうぎゅうと抱きしめ返した。「ぬいぐるみの代わりに」と言わんばかりの抱擁っぷりに、人知れずニヤけてしまったのは言うまでもない。
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