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小ネタ 遅ればせながら、姫始め(1)★

 ベトナムでは旧正月に新年を祝う風習があり、多くの企業が一斉に休みに入る。  羽柴と犬飼もまた、この大型連休を利用して日本へ帰国していた。  慰安旅行も兼ねて向かった先は、雪深い温泉街――草津温泉。  露天風呂で体を温め、夕食では本ズワイガニをはじめとした料理に舌鼓を打つ。そうして部屋へ戻ったあと、卓上に並んだのは地元・群馬の地酒だった。 「じゃあ、改めまして。今年もよろしくお願いします、蓮也さん」  二人して浴衣姿で向かい合い、羽柴は徳利(とっくり)を傾ける。とくとくと酒を注ぎ、それから軽くお猪口(ちょこ)を合わせた。 「ああ、よろしく」  犬飼の言葉を受けて、互いに酒へと口づける。  ――辛口の大吟醸酒だ。  梨を思わせるフルーティーな香りとともに、深い味わいが口いっぱいに広がる。喉ごしもシャープで、随分とキレがいい。  しばらく静かに酒を飲み交わしていたが、不意に犬飼が小さく笑った。理由がわからず、羽柴は首をかしげる。 「いや、不思議なものだと思ってな。とっくに日本じゃ、正月なんて終わっているというのに」  その言葉で合点がいった。  ベトナムでの年越しは大規模なものではないし、仕事も変わらず続いていく。旧正月こそが日本でいう正月のようなもので、やっと日々の目まぐるしさから抜け出せた感覚だ。 「ですね、なんだか取り残された気分っていうか。……あーあ、三が日のおせちとかお雑煮が恋しいかも」 「その代わり、部屋が空いていたんだからいいじゃないか。二人きりでゆっくり、三が日気分を味わうのも悪くない」 「ははっ、確かに。こうやって区切りをつけることで、気持ちも新たになりますし」 「ほう? 言うじゃないか」 「そりゃあ蓮也さんとは、いつだって誠実な気持ちで向き合いたいって――」  そこまで言いかけたところで、犬飼がふっと立ち上がった。  こちらの方へ移動してきたかと思えば、寄り添うように腰を下ろすものだから、羽柴は完全に言葉を失ってしまう。 「なるほど。いい心がけだ」  視線が絡み合い、ふとした沈黙が落ちた。  酒のせいだろうか。浴衣越しに伝わってくる体温はやたらと熱く、妙に意識してしまうものがある。  羽柴の喉がごくり、と音を立てた。  まずい――そう思った時には、もう遅い。  羽柴は衝動のまま、犬飼の肩に手をかけ、やんわりと畳の上へ押し倒した。  その瞬間、はらりと浴衣がはだけて、ほんのり色づいた鎖骨が露わになる。  ベトナム駐在で日焼けしたとはいえ、犬飼は羽柴よりもずっと色白で、朱が差しやすい肌質だ。必然的に視線が吸い寄せられて、誘われるように口づけを落とす。 「……誠実、だとか言ってなかったか?」  抵抗こそされなかったものの、すぐさま鋭い指摘が飛んできた。羽柴は慌てて顔を上げる。 「いやっ、だからこれは……『気持ちも新たに』っつーことで、その――いわゆる《姫始め》っていうか」 「ただ、ヤりたいだけのように聞こえるが」 「うっ」  思わず唸ってしまう。もっともらしいことを言ってみたものの、もはや弁解の余地もない事実だ。  図星を突かれた気まずさに、羽柴はがっくりと肩を落とした。 「駄目、ですか?」 「………………」  犬飼からの返事はない。  代わりに腕を引き寄せられて、噛みつくような口づけをされた。突然のことに驚くも、あっという間に舌を絡め取られてしまう。 「っん……ふ」  羽柴は気をよくして、犬飼の浴衣をさらに乱してやった。  滑らかな素肌の感触を味わいながら、胸の突起を探り当てる。指先で捏ねるように刺激を与えれば、そこはぷっくりと勃ち上がって主張しだした。  当然、羽柴はにんまりと目を細める。 (可愛い……)  普段はストイックに仕事をこなしてばかりいる男が、自分の前ではこんなにも乱れてくれるのだ。  ゾクゾクと堪らない気持ちになって、羽柴は口づけをほどくなり、今度は胸元へ唇を寄せた。そうして犬飼の体を愛撫しながら、浴衣の帯をほどいていく。  ところが、不意に肩を押し返されてしまった。

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