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じいちゃんの暗示

遠くから、四葉の声が聞こえてくる まだ眠い… 「食べれる!」 「じゃあ、茄子とか蓮根は?」 「食べれる!」 ふっ… 常に元気な四葉の声 目覚めるには最適だな 「じゃあ、精進料理食べれるな」 「やった!」 「ん?結叶は寝たのか?」 「うん…少し休めば大丈夫だよ」 「ユウ…暑いだけ?幽霊さん来てる?」 声を抑えた四葉が寄って来る 「大物は来てないから大丈夫だよ」 「大和、エイッてやった?」 「ふっ…エイッは、やってない」 「やる時、四葉寝てても呼んでね?」 「分かったよ。けど、ここに居る間は明慶(あきよし)兄ちゃんに頼むよ」 「そっか」 全然怖がらないな 寺で幽霊の話、自らしてる 流石だな、四葉 「ん……」 声を抑えてはいたけど、話し声がうるさかったのか、ユウがモゾモゾして… 俺の胸に擦り寄って、俺の服をキュッと掴んできた 可愛い 「……お前ら…まさかとは思うけど、まだそうやって寝てんの?」 「残念ながら、別々の部屋だよ」 「だよな」 カシャ カシャ 四葉…カメラ持って来てたのか 「四葉は…何してんだ?」 「四葉は、男同士が仲良しなのが好きなんだよ」 「…は?」 「チッチッチ…大和、イケメン同士の間違い」 「あ…なるほど」 カシャ カシャ 「大和…穂積家の教育方針は、これで合ってるのか?」 「生きる活力を自ら見付けたんだ。逞しい妹だよ」 「……お前らがいいんなら、いいんだが…」 カシャ カシャ 「ん……四葉?」 ユウが、俺の胸の中で呟く カメラの音で起きたか 「ユウ…おはよ」 ユウの髪にキスをする カシャ カシャ 「ん……大和……おはよう…?」 見上げたユウは まだ寝惚けてて 可愛い カシャ カシャ 「四葉も!四葉も!ユウ、おはよう!」 ちゅっと、四葉がユウの頬にキスすると 「四葉…おはよう」 ようやく、ちゃんと目覚めた 「あ…ごめん、大和……俺、掴まってた?」 「嬉しいから、いいんだよ」 そう言って、起き上がると ユウも起き上がり ふと、明慶兄ちゃんの方を見ると 「お…おま…お前ら……キス…キスしてたぞ?」 「してたけど?」 「毎日してる!」 「ま…毎日してんの?!」 「してる~~!」 「……そうか…それが穂積家の普通か……もう何も言うまい」 しばらく、部屋で適当に過ごす 話題は、四葉から湯水の様に湧いてくる 「お~い」 「あ!明慶兄ちゃん!何?何?」 「言うの忘れてたけど、一応寺に大浴場あるんだが、入るか?家の方行って入ってもいいけど…」 「大浴場あるの?!お寺に?!」 そう言えば… いつだったか、寺の一部を改装するとか何とか… 「そ。数年前に、宿坊体験始めるってなって、人呼ぶならトイレと風呂整えなきゃって、なったらしいよ」 「大浴場行く~~!」 「そんな期待する様なものじゃないぞ?温泉でもないし」 「いい!行く!」 って事で… 「四葉、ちゃんと此処で待ってるんだよ?お坊さんでも、知らない人に付いてっちゃダメだからね?」 「分かってる!」 「はぁ…心配だなぁ…」 「ユウ、行くよ」 ユウより全然心配ないけどな やっぱり、一応兄ちゃんだから心配なんだろな 風呂なんて、たまに一緒に入ってるのに なんで、今日はそんなに隠すの? 頭洗ったりしてる間も ずっとタオルを前に掛けてる 俺達以外誰も居ないよ? 手早く洗って、シャワーで洗い流して 立ち上がろうとするユウに声を掛ける 「ユウ…ちゃんと大事なとこ洗った?」 「~~っ!…あ…洗った」 「そっか。俺が見えなかっただけか」 「うん…洗ったよ」 「ん…俺も湯船行こ」 知ってる 見てた めちゃくちゃ急いで、隠れる様に洗ってたの 横目で見てたから なんで俺の弟…こんな可愛いんだ ちゃぽん 「ユウ…髪伸びてきたね」 「うん。そろそろ切りに行かないと」 「ユウさ…小さい頃、美容室で泣いてたの覚えてる?」 「……覚えてる」 「あれ、なんで泣いてたの?知らない場所とか、ハサミが怖かったの?」 ほんとに小さい頃のユウは 何も分からず、俺と一緒に美容室に連れてかれ 俺の隣に座らされ、しばらくの間は キョロキョロしたり、あやされて笑ってるのに 何故だか必ず途中から、泣き出して 「怖い」と「帰る」を、繰り返していた そのうち、美容室に行くというのが分かると、嫌がる様になり 何度か、母さんが切ったりしてたな 「……あんまり覚えてないけど…美容室行くのが怖かったっていうのは、覚えてる」 「理由は覚えてないんだ?」 「……うん…なんか美容室行くとね……怖い事あった気がするんだけど…あんまり覚えてない」 「そっか。さすがに今は大丈夫なんだよな?」 「うん……でも…あの頃の記憶のせいか、得意ではない」 「そうなの?」 「うん……多分ね…なんか…鏡が…苦手な気がする」 鏡か… なるほどな 「そっか。それでユウ…いつも結構伸びてから行くんだな?」 「うん…別にもう何にもないのは、分かってるんだけどね」 「そうだな…」 美容師やマッサージ師は、なんか、そういう悪い気を吸ってしまうとか、よく言われる 特に念のこもりやすい髪の毛を扱ってる美容師は…そういうのに敏感だと、体調不良になるらしい そして、鏡はそういう世界への媒介になりやすい 髪の毛…美容師…大きな鏡 ユウが、そういうものを見なくなったのは、小学校上がった頃 美容室で泣かなくなったのも、その頃 きっと、何か見えてたんだろな 「四葉!大丈夫だった?誰かに声掛けられたりしなかった?」 「しないよ!四葉も、ちょっと前に来たばっかり!」 「そっか。部屋戻ろ?」 「うん!ねぇねぇ…男風呂ってどんな感じ?女風呂はね~……」 風呂に入ったせいか ユウの周りの空気が、すこぶるいい 元気になって晩ごはんで、良かったな 「わ~~い!精進料理~~!明慶兄ちゃん、これ写真撮っていいの?」 「どうぞ」 「やった~~!」 「そのカメラの中は…兄達のイチャついてる写真と、精進料理が混在してるのか…結叶は、風呂入って大丈夫だったのか?」 「うん。スッキリしたよ」 「そうか」 美味しく、体にいい精進料理を食べて 皆で布団を敷く 「結叶の事も心配だし、念の為俺も今日は、隣に泊まるから、何かあったら呼んでくれ」 そう言って、明慶兄ちゃんは、隣の部屋へと消えてった 心強い じいちゃんとは雲泥の差でも、ちゃんとした僧侶だ すぐに呼んでやろう しばらく話してると、四葉が早々に眠り出した 「四葉、もう寝ちゃった」 「相当張り切ってたからな。明日の朝早いから、俺達も寝ようか」 「うん」 四葉を挟んで川の字で 兄妹仲良く眠る ユウの寝息を聞いて 俺も眠りに就いた ふと…夜中に目が覚めた 何とも言えない不快感 そうだ じいちゃん、結局お守り持って来なくて… 目覚めて、ユウの方を見ると 「なっ?!」 ユウが… 3体の霊に囲まれてる! 「おい!!」 俺が叫ぶと、驚いた様にこっちを見る 「ユウから離れろ」 ゆっくりと近付いてくと 2体は、サッサと逃げてった が… 「おい…ふざけんなよ?!」 1体の奴が ユウを後ろから抱き締める様にして ユウの体を触り出した ガラッ 「どうした?!」 流石… 四葉は熟睡させられてるよ 「なっ?!おい!出てけ!」 明慶兄ちゃんも、そう言ってんのに ニヤリと笑ったそいつが 更にユウの体を触りまくる 「~~っ…んっ…んっ……~~っ…」 ユウが 目も開けれないまま 辛そうにしている 「明慶兄ちゃん、サッサと祓っちゃってよ」 憎々しい顔しやがって 「ん~~…んっ……んっ…」 ユウが動けないのをいい事に 好き勝手しやがって… なんで、ユウに寄って来る霊は、どいつもこいつも! 「随分と図々しい幽霊も居たもんだな!」 そう言って、明慶兄ちゃんが、何かを取り出し 霊に向かって貼り付ける様にすると 「ギャ~~ッ!!」 この世のものとは明らかに違う声を出し、苦しみ始めた なのに、ユウから離れようとしない 数珠を出した明慶兄ちゃんが 何やらぶつぶつと唱えていると ユウにしがみ付いて、叫んだまま 徐々に薄くなり消えた 「ユウ!」 座らされる形になってたユウの体が ガクンと後ろに、ひっくり返りそうになる 後ろから支えると… 「……やま…と?」 「ん…大丈夫か?」 「……なんか…急に…重くて……体…動かなくなって……」 「ん…今は?大丈夫?」 「今……大丈夫……」 そう言って、す~す~と、寝息を立て始めた 弱い霊が近くに居ただけで、霊気にあてられるんだ あんなのに触られてたら、相当な疲労だ 「明慶兄ちゃん、ありがとう」 「いや…じいさんがさ、夜遅くに帰って来たんだけど…ユウに何かあったらって、わざわざさっきの護符持って来て、必ず数珠を持ってろとか言ってったんだよ…すげぇな」 流石じいちゃん 分かってらっしゃる 「けど、流石だね?明慶兄ちゃん。あっという間に祓ってくれた」 「いやいや…あんな護符…滅多に使わないからな?あんなん出されたら、幽霊もたまったもんじゃないよ」 「へぇ…そうなんだ」 つまりは、じいちゃんの作戦勝ち 「何でもいいけど、助かったよ。ありがとう」 「……結叶…いっその事、自分が見えるって気付いちゃった方が、いいんじゃないのか?分かってたら大和みたいに、ある程度の護身術くらい、身に付けれるだろ?」 「ダメだよ。ユウは優しいから、祓えない。毎日の様に耳を傾けて…疲れ果ててしまう。気付いちゃダメなんだ」 ちょっと調子悪いな なんか体だるいな そんなんで過ごせてた方が、ずっと楽だ 本格的にヤバい時だけ 俺やじいちゃんが、どうにかすればいい 「それにしても…素直と言うか、なんと言うか…あれって結叶が6歳頃だったか?」 「うん。小学校入ったら…人がいっぱい集まるとこ行くしって…じいちゃんが…」 「別に、じいさんは超能力者でも、催眠術師でもないんだけどな?」 「それがユウなんだよ。あと大丈夫だよ。ありがと」 「おお。朝早いから、大和もちゃんと寝ろよ」 枕元から、だいぶ離れてしまっていた数珠を ユウの傍に置く ユウが6歳の時 小学校入学を目前にして じいちゃんは、ユウに暗示をかけた そして、ユウをなるべく寺には、近寄らせない様にした 「結叶。おじいちゃんの言う事を、よ~~く聞くんだぞ?」 「うん」 「結叶は、怖いものをよく見るな?」 「……うん」 「けど、これから先…結叶は、そういうものが全く見えなくなる」 「ほんと?」 「ほんとだ。じいちゃんは、有名な坊主なんだ。じいちゃんの言う事は、ほんとだぞ?結叶が見てきた怖いもの達の事も、全部忘れるんだ」 「うん」 結叶は、その日から そういうものを、一切見なくなった

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