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世界は、なかなか都合がいい

「こんなとこで、突然抱き付いてごめん」 穂積から体を離す きっと、何人か通りすがりに、不審な目で見られたかもしれない 「俺も、嬉しかったから…ずっと…ずっと郁人兄ちゃんに、お礼が言いたかったから」 「お礼…言うのは俺の方なんだけどな。蓮の存在が、どれだけ俺の生きる支えになったか…」 「俺もだよ。俺も…郁人兄ちゃんが居てくれたから…」 不思議だ 目の前に居るのは、穂積でしかなくて 同じ中学生のクラスメイトで… なのに、もう1つの記憶 「深山、大丈夫?一気に思い出すと、混乱するよな?」 「そうだな…けど、穂積から前世の記憶だって聞いてた分、きっと穂積よりは混乱してないと思う。でも、そうだな…場面的には、幾つかの場面しか思い出してないけど、自分がどんなだったか…みたいな感覚があって、変な感じだ」 今の俺じゃない けど、俺の懐かしい感覚 「分かる。例えば、こうして話してた時の、息苦しさとか、体のだるさとか…」 「そうだな…なんか…いつも何かに気を付けなきゃって、思ってた感覚とか…」 「うん……良かった。俺は、こんなに幸せに生まれ変われたって気付いてから…郁人兄ちゃんも、元気な体で生まれ変われたらいいなって、思ってたから…」 未だに信じがたいけど… ほんとに、2人して同じ時代に… 「穂積が、俺に歌ってくれた歌って…」 「あれは、イベント好きな先生が居てね…雨降りの日に、俺達の為にギター持って来て、プレイルームで歌ってくれたんだ」 「病院で聞いたのか…」 「うん。郁人兄ちゃんと一緒に聞いたんだ」 そう言われたからって、その場面を思い出せる訳でもないんだな ほんとに、気紛れに、断片的に… 「俺達…結局どの位生きたんだ?」 「郁人兄ちゃんは中3。俺は中2だった」 「そっかぁ……この位の歳の時…こんな風に友達と遊んだりとか…夢の様だったんだろなぁ…」 「ほんとに…毎日が夢の様だよ」 あの頃出来なかった、沢山の事が出来ている そして… あの頃は経験しなかった… 「穂積…俺さ……俺にも幼馴染みが居たんだ」 「へぇ…そうなんだ」 「うん……でもさ…もう…居ないんだ」 「……それって…」 「急に…それっきり……遺される側…知っちゃった」 「深山……」 俺達の死は、ある程度…と、言うか 常に覚悟していた感じだったけど 慎は… 慎も…誰も… そんな事が起こるなんて、思ってもいなかった 「世界が一変したんだ……なのに、何も変わらない毎日が続いて…頭がついていかなかった。変わらない毎日が続いてるなら、そこに居るべき人が居なくて…現実を生きてる気がしなかった」 「深山…」 「1ヶ月も経って、ようやく泣いたんだ……郁人の時は、覚悟してたとは言え…俺達の家族も、沢山悲しんだんだろうな…」 今でも、自分の中の一部分が 欠けて失くなってしまった気分だ 「その人…次は、おじいちゃんになるまで、長生きする」 「え?」 「自分の子供と、孫にも会える位…長生きする」 「穂積…なんか、そういうの見えるのか?」 そう聞いた俺に 「全然」 と、笑顔で答えてきた 「でもね…今生きてる世界がさ…よく葵…蓮の妹が語ってた世界に似てるんだ」 「どういう事?」 「俺が、どんどん横になって、目を閉じてる時間が増えてって…全然遊ぶどころか、話もあまりしてあげれなくて…そしたら、葵が自分の作った話を、俺に聞かせる様になってったんだ」 「へぇ…」 郁人には… 幾つだったかな 歳の離れた兄が居た気がする 「なんとなく…葵が話してたのを、思い出す様な事があったりしてさ…」 「そうなんだ」 「だからさ…ほんとに葵、楽しそうに話してたから…俺も嬉しくて……なんとなく、そういう世界を引き寄せたのかな…とか」 「引き寄せた…」 急に 現実味のない… いや、俺達の存在自体、ぶっ飛んでるけど 「おとぎ話だよね…けど、俺が居て欲しかった、兄ちゃんも、幼馴染みの親友も居るんだ。そして、健康な体だ。だから、案外そういうのあるのかなって…」 「…だったらいいな」 「俺も、俺の周りの人達も…次は、健康な体で…とか、葵が言ってた、男にモテモテで…とか…そういう願いに近い世界に来たのかなぁ…なんて、思ったりする」 なんか、今… 不思議なワードが… 「男にモテモテで?」 「葵が、好きだったんだよ。男同士の恋愛。沢山聞かされた」 「穂積、男にモテるのか?」 「今んとこ、モテるとまではいかないけど…好きだって言ってくれる人は居る」 「へぇ…」 それを… 堂々と言ってる穂積が なんか、凄いと思った 「だからさ…誰かの願った世界と、誰かの願った世界と…って、沢山の人達の思いが、この世界を作ったりしてるのかなとか思うと……じゃあ、不幸な人は?ってなっちゃうけど…」 「うん…」 「俺には、どうにも出来ないから。俺の思い及ぶ範囲の事しか、分からないし出来る事ないから…もしも、その人の次を強く思って、そういう世界に引き寄せてあげられるならさ…」 せっかく、一度死んで生まれ変わってるって、分かってるのに 何も分からないし、出来る事もない 「せっかくなら、漫画の世界みたいに、1つ位チート能力とか、欲しかったけどなぁ…そしたら、何かしてあげられる事、あったかもしれないのに…」 「うん…でも、もしも自分に、どうにか出来る能力があったらさ…自分次第で人の生死に干渉してしまうって…重過ぎる気もする」 そうか そういう考えもあるのか 何も出来なくて仕方なかった状況でも それでも、こんなに思うのに… 何か出来る状況で、助けられなかったら… 「なるほどな…世界は、なかなか都合良く出来てるのかもな」 「俺達もさ、死んだ後の事って、全然覚えてないじゃん?」 「思い出せてないだけかもしれないけどな」 「うん。だけどさ…きっと、遺された人達は…泣いてばかりいちゃダメだ。きっと、俺が悲しむとか、心配するとか…色んな事考えながら、前を見て生きてたんだと思う。実は俺は、全然見てなかったとしても…結果として、そんな風に生きてくれてたら、嬉しいしさ…」 居なくなったら、想いは一方通行 だけど、慎が…どんな俺なら喜ぶかは、分かってる 居なくたって、分かるのは 慎と一緒に居た証 「そうだな…都合良く考えないと、前に進めない。けど、それをあいつが、どう思うかを…俺は知ってる」 「うん。きっと、大切な人達だからこそ、自分のせいで止まって欲しいなんて、思わないよ」 なんか… 頭も気持ちも、霧が晴れた様だ 「なんか…また生まれ変わったみたいな気分だ」 「うん。深山…元気になった」 「ありがとな…穂積…前世の話って、誰かにした?」 「シュウ…幼馴染みにだけは、してたんだけど…色々あって家族にもバレた。でも、話聞くと心配したり、不安にさせるから、あまりしない」 何故かは知らないけど、前世の姿そっくりの俺を見て 穂積は、どんな気持ちだったんだろう すぐにでも、話してしまいたかったろうに… 「じゃあ、話したくなったら、俺に話して」 「うん。深山もね」 「ふっ…なんか…変な感じだ。姿は変わっても、蓮を覚えてるから、凄く頼もしく成長した蓮を見てる様だ」 「俺も。お互いこんな健康で、しかもクラスメイトなんて、変な感じ」 なんの悪戯か 気紛れな偶然か 「ところで穂積…男にモテてるって言ってたけど、穂積も男に興味あったりするの?」 「男どころか、恋愛自体…今でもよく分からない。蓮の時も、それどころじゃなかったし…」 「蓮は、1度もそういう経験なかったのか?」 「ない…って…郁人兄ちゃんは、あったの?!」 「え?あれ?…どうだったかな…」 中3かぁ… そうだよな それどころじゃなかったのかも 「でも、俺…郁人兄ちゃんに、朝勃ちとか、マスターベーションって言葉とか、教えてもらったの覚えてる」 「ええっ?!そっ…そんな話したの?!」 「うん。俺はまだ小4だったし、イマイチ分からなかったけど…その時郁人兄ちゃんと話してた人が、そういう話してて…」 「なんか…俺の覚えてない記憶で、思い出さないで欲しい事とかありそうで、怖くなってきた…」 病院で… しかも、病気の歳下の子に、どんなシチュエーションで、そんな話をするんだ? 「郁人兄ちゃんは、3つ歳上だったから…特に中学生になってからは、凄く大人に見えてた」 「確かに…小学生からみた中学生って、大人って感じかもな」 「人生2度目なのに、知らない事多過ぎて…ほんとに小さな世界で、生きてたんだなぁ…って思う」 「そうだな…」 中2… その頃には、自分で休みの日に、こうやって友達と遊ぶなんて、出来てなかったのかな 来年には、死んでるかもとか…思ってたのかな いや…違うな 今回は死ぬかも… なんか…そんな風に、いつも思ってた気がする まるで、別世界だな 「じゃあな。今日は、付き合ってくれてありがとう」 「うん。また、学校で」 何歩か歩き出して、振り返る 穂積の後ろ姿を見てると、思い出す 「じゃあね、郁人兄ちゃん」 「元気でな」 会うと嬉しいけど お互い、またね…とは、言わなかった 小さな後ろ姿を見て思う あんなに小さくても、この不安と恐怖と、闘ってるんだ まだまだ…まだまだまだまだ頑張ってやる 俺を見る度に思うんだから あと3年は大丈夫かもしれないって… 「まだまだ…大丈夫だよ」 ただの自己満足かもしれない それでも… 「郁人…兄ちゃん…」 「蓮…久しぶり」 「郁人…兄ちゃん……中学生…なった?」 「なったよ…だから、蓮も中学生になれるよ?」 「うん…」 いっそ、終わりにしたい位、苦しくて… 誰にも分かってもらえない、孤独と、絶望と、どうしようもない死への恐怖 それでも、辛いって知ってて 俺の後ろを歩いて来てくれる 苦しそうな俺も知ってるのに まだまだ、辛いのが続くんだって知ってて… 「ヤバッ…」 完全に、郁人に感情移入してた 気付いたら、涙が溢れてきてた これ…俺より感情豊かそうな穂積は、大変だろうな…

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