4 / 11
第2話
夜の居酒屋、暖かい光が揺れるランタンの下、姉の雅と向かい合って座った。
喧騒の中、少し酔いが回ってきた頃だった。
「失恋した」
「恋してたの? 明日は雪ね」
雅がからかうように言う。
「おい」
「恋愛どころか、性欲もないじゃない」
「あるわ! まあ、ないほうだろうけど。慰めろー」
「絶倫の血引いてるのにー」
「ばあちゃんの戯言だろ」
「風俗いってきなさいよ」
「なんでだよ。心のケアしてくれよ。精神科医だろ」
ジョッキを煽りながら、あきれる。
泡が口元を濡らし、少しだけ心が軽くなった気がする。
「恋に効く薬はないの。いい歳したオッサン相手に言わせないでくれる。恥ずかしい」
「ゔ。だってさー男を好きだって気づいた日に失恋が決定してさー」
「なになに、興味あるんだけど」
白狼とセックスした夢の話を雅に伝える。
思い出すだけで心臓がドキドキして、顔が熱くなるのを感じた。
「夢をみたぐらいで好きになったの?」
「だって……夢って願望だろ? ってことは俺は白狼が、そいつ白狼っていうんだけど、好きってことだろ」
「単純。そんなによかったの、その夢は?」
顔がさらに赤くなるのを感じた。
「よ、よかった。すげぇ、よかった。その抱かれる側だったんだけど、愛されてるって感じる……行為で。白狼がすげぇ求めてくるから俺もそれに応えたくて……幸せでした」
俺、何言ってんだ。
乾いた喉に酒を流す。
「やっぱ興味ないわ」
「はあ!? なんだよ。ーー白狼、すげぇいいやつでさー。イケメンなのに努力家で。誰にでも優しくて」
「裏があるんじゃないの~」
「ない……っていいきれるほど親しくないけど、イケメンてさ生まれただけで勝ち組だろ? それなのに誰よりも努力してるんだよ。後輩の面倒見もよくて、自分の仕事後回しでフォローして、そのせいで残業になっても嫌な顔ひとつしないしさ」
白狼の姿を思い浮かべる。彼の笑顔、仕事に対する真剣な眼差し。
改めて白狼が好きだなあと思う。
「たまにいるんだよ。エンジニアリングが全然わかってないのに、営業やってるヤツ。取った仕事のしわ寄せが全部こっちにくるんだよ。その癖、偉そうに仕事取ってきてやった面してさあ」
思い出しただけでイライラしてくる。
「でも白狼は俺たちの仕事も苦労も理解してくれて、白狼イズムを受け継いだ後輩たちも巣立ってきて、最近仕事しやすくなったし。なんていうか、かっこいいんだよ」
「ハイハイ」
「俺がイケメンだったら、努力なんてしない。だってしなくても何不自由なく生きていけるだろ?」
「偏見の塊ね」
「やっぱ俺おかしい? 夢見たくらいでって思うよな?」
「思った。でもいいんじゃない。恋の始まりなんて勘違いみたいなもんでしょ。シュウが好きだって思うなら、そうなんじゃない。周りがどう思うかよりも、自分の心の声を大切にしなさい。恋なんて、他人にとやかく言われるものじゃないでしょ」
姉ちゃん、かっこいい。
雅の言葉で自信がついた。
俺は昔から雅に助けてこられた。
自慢のかっこいい姉だ。
「夢も幻聴も、俺が白狼を好きってことなんだよなあ」
「幻聴?」
「白狼の声が聞こえるんだあ。可愛いとか、キスしたいとか……。俺、欲求不満なのかな?」
「幻聴とは限らないじゃない」
白狼の心……本心? ないない。
「精神科医がいうことか」
「もしそれが相手の心の声だったら、データ取らせてね」
「研究テーマにするな」
怒る俺を見て、雅は楽しそうに笑った。
***
居酒屋を出ると、夜の繁華街の明かりがまぶしい。雅と並んで歩く。
「まだボロアパートに住んでるの?」
「居心地よくてさー。あ、でも二階から一階に引っ越したんだ。荷物増えたからさ、大家さんの好意で、元々は大家さんが使ってた部屋に。広くなったー」
「荷物って植木? あんた昔から植物育てるの上手よね」
「気持ちがわかるんだよねー」
「よく眠れる薬あるわよ」
「病んでないから!」
雅と別れる際、夜風が少し冷たく感じた。
「今日、ありがと。話きいてくれて」
「好きな人できて、安心した」
「うん」
失恋したけど。
「恋は一人でもできるのよ」
「え?」
雅と別れ、帰り道を歩く。
月明かりの下、自分の心の中にある白狼への思いが、少しずつ形を成していくのを感じながら。
ともだちにシェアしよう!