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第2話

夜の居酒屋、暖かい光が揺れるランタンの下、姉の雅と向かい合って座った。 喧騒の中、少し酔いが回ってきた頃だった。 「失恋した」 「恋してたの? 明日は雪ね」 雅がからかうように言う。 「おい」 「恋愛どころか、性欲もないじゃない」 「あるわ! まあ、ないほうだろうけど。慰めろー」 「絶倫の血引いてるのにー」 「ばあちゃんの戯言だろ」 「風俗いってきなさいよ」 「なんでだよ。心のケアしてくれよ。精神科医だろ」 ジョッキを煽りながら、あきれる。 泡が口元を濡らし、少しだけ心が軽くなった気がする。 「恋に効く薬はないの。いい歳したオッサン相手に言わせないでくれる。恥ずかしい」 「ゔ。だってさー男を好きだって気づいた日に失恋が決定してさー」 「なになに、興味あるんだけど」 白狼とセックスした夢の話を雅に伝える。 思い出すだけで心臓がドキドキして、顔が熱くなるのを感じた。 「夢をみたぐらいで好きになったの?」 「だって……夢って願望だろ? ってことは俺は白狼が、そいつ白狼っていうんだけど、好きってことだろ」 「単純。そんなによかったの、その夢は?」 顔がさらに赤くなるのを感じた。 「よ、よかった。すげぇ、よかった。その抱かれる側だったんだけど、愛されてるって感じる……行為で。白狼がすげぇ求めてくるから俺もそれに応えたくて……幸せでした」 俺、何言ってんだ。 乾いた喉に酒を流す。 「やっぱ興味ないわ」 「はあ!? なんだよ。ーー白狼、すげぇいいやつでさー。イケメンなのに努力家で。誰にでも優しくて」 「裏があるんじゃないの~」 「ない……っていいきれるほど親しくないけど、イケメンてさ生まれただけで勝ち組だろ? それなのに誰よりも努力してるんだよ。後輩の面倒見もよくて、自分の仕事後回しでフォローして、そのせいで残業になっても嫌な顔ひとつしないしさ」 白狼の姿を思い浮かべる。彼の笑顔、仕事に対する真剣な眼差し。 改めて白狼が好きだなあと思う。 「たまにいるんだよ。エンジニアリングが全然わかってないのに、営業やってるヤツ。取った仕事のしわ寄せが全部こっちにくるんだよ。その癖、偉そうに仕事取ってきてやった面してさあ」 思い出しただけでイライラしてくる。 「でも白狼は俺たちの仕事も苦労も理解してくれて、白狼イズムを受け継いだ後輩たちも巣立ってきて、最近仕事しやすくなったし。なんていうか、かっこいいんだよ」 「ハイハイ」 「俺がイケメンだったら、努力なんてしない。だってしなくても何不自由なく生きていけるだろ?」 「偏見の塊ね」 「やっぱ俺おかしい? 夢見たくらいでって思うよな?」 「思った。でもいいんじゃない。恋の始まりなんて勘違いみたいなもんでしょ。シュウが好きだって思うなら、そうなんじゃない。周りがどう思うかよりも、自分の心の声を大切にしなさい。恋なんて、他人にとやかく言われるものじゃないでしょ」 姉ちゃん、かっこいい。 雅の言葉で自信がついた。 俺は昔から雅に助けてこられた。 自慢のかっこいい姉だ。 「夢も幻聴も、俺が白狼を好きってことなんだよなあ」 「幻聴?」 「白狼の声が聞こえるんだあ。可愛いとか、キスしたいとか……。俺、欲求不満なのかな?」 「幻聴とは限らないじゃない」 白狼の心……本心? ないない。 「精神科医がいうことか」 「もしそれが相手の心の声だったら、データ取らせてね」 「研究テーマにするな」 怒る俺を見て、雅は楽しそうに笑った。 *** 居酒屋を出ると、夜の繁華街の明かりがまぶしい。雅と並んで歩く。 「まだボロアパートに住んでるの?」 「居心地よくてさー。あ、でも二階から一階に引っ越したんだ。荷物増えたからさ、大家さんの好意で、元々は大家さんが使ってた部屋に。広くなったー」 「荷物って植木? あんた昔から植物育てるの上手よね」 「気持ちがわかるんだよねー」 「よく眠れる薬あるわよ」 「病んでないから!」 雅と別れる際、夜風が少し冷たく感じた。 「今日、ありがと。話きいてくれて」 「好きな人できて、安心した」 「うん」 失恋したけど。 「恋は一人でもできるのよ」 「え?」 雅と別れ、帰り道を歩く。 月明かりの下、自分の心の中にある白狼への思いが、少しずつ形を成していくのを感じながら。

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