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第8話
俺たちは居酒屋を出た。
空には満月が輝いている。
「夢見れるかな……」
「なんか言ったか?」
「いや、何でもない」
雅と別れて、一人で帰路につく。
夢を見たのは満月の夜だ。
また白狼の夢を見れるかな?
いや、白狼は俺の夢になんか現れたくないだろう。
でも、俺の夢なんだから好きにしてもいいよな。
「よし、白狼に抱かれるぞ!」
そう決意しアパートの前に着くと、白狼が待っていた。
反射的に背を向けて逃げ出そうとする俺を、白狼に強く呼び止められる。
「兎洞!」
恐る恐る振り返ると、白狼が真剣な顔で立っていた。
「話があるんだ」
「う、うん……部屋散らかってて。近くに公園あるからそこでいいか?」
近くの公園のブランコに並んで座る。二人の間に沈黙が流れる。
(ごめん、兎洞。逃げて、ごめん)
また、都合のいい幻聴だと思った。
でも――。
(幻聴じゃないよ)
驚いて白狼を見つめる俺に、白狼は静かな声で語り始めた。
「兎洞には届くんだな、俺の心の声」
「え……?」
「子供の頃、心の声を聞くことができたんだ」
俺は驚いた。
けど、嘘だとか冗談だとか思わなかった。
白狼の真剣な様子から、どうしてもそう思えなかった。
「そのうち相手に伝えることしかできなくなって、気が付くと力は消えていた。でも兎洞には俺の心の声が届くんだってわかったら、伝えずにいられなかった。言葉にするより伝わる気がするから」
俺の、幻聴じゃないの……?
「兎洞とは波長があうのかな。いや、兎洞に伝えたいって強く願ってるから届くんだな」
白狼はブランコを降り、俺の正面に立つ。
「兎洞、好きだよ。ずっと前から兎洞だけを見ていたよ」
「白狼……」
白狼も俺を好きなんて信じられない。
胸が熱くなる。
「兎洞が告白してくれた時、嬉しかった。こんな奇跡がおこるのかって。でも夢の話を聞いたとき腑に落ちたんだ」
白狼は深く息を吐いた。
「あの夢は俺の願望。満月の夜は力が強くなるから、俺は夢を兎洞に届けてしまったんだ。兎洞はあの夢を見たから、急に俺の心の声が聞こえるようになったから、俺を意識するようになったんだろ?」
「え……」
「兎洞の気持ちは、俺の気持ちに引きずられただけで、勘違いだよ」
「勘違い……?」
「ごめん」
白狼は俯いた。
白狼の表情が滲んで見えない。
「一瞬でも俺を好きになってくれて嬉しかった。ありがとう。でも兎洞には嘘をつきたくない。兎洞の気持ちに嘘をつかせたくない」
「そっか……勘違いなんだ」
白狼の言葉が重く心臓を押し潰そうとする。
苦しくて、息ができない。
「それを伝えたくて。遅い時間に、ごめんな。ありがとう、兎洞。帰ろうか」
俺は何とか頷いた。
ブランコから立ち上がらない俺を白狼が心配そうに見つめているのが伝わる。
涙がごぼれた。次から次へと溢れてくる。
「あ、あれ……」
戸惑いながら涙を拭う。
「兎洞……」
苦しい……。
どうして?
どうして白狼は俺の気持ちを否定するんだ?
白狼が好きで、好きで、毎日苦しいのに。
白狼が息をのむのがわかった。
俺、夢の中で、白狼に抱かれて……幸せだったよ。
すげぇ、愛されてるって感じて……エッチって体だけじゃなくて心まで満たされるんだって。
白狼に可愛いって言われて、一人で浮かれてた。
嬉しかったから。
職場で白狼を見かけるだけでドキドキした。
この気持ちも勘違いなのか……。
乱れた呼吸を落ち着かせようと、深く息を吐く。
「飲みすぎたかな。俺明日も休みだし、落ち着くまでここにいるから。白狼は明日も仕事だろ。遅くなるから帰って」
この気持ちも勘違いだっていうのか。
歯を食いしばり、ブランコの鎖を握りしめる。
俺の気持ちは俺のもので、白狼に決められたくない!
「兎洞を一人にできない」
「帰れよ!」
立ち上がって白狼を突き放す。
「俺、勘違いだっていいよ。最初は勘違いだったかもしれないけど、今は違う。俺はこの気持ちを大切にしたいから」
俺は雅の言葉を思い出す。
「白狼、知ってる? 恋って一人でもできるんだよ」
白狼に何を言われたって、俺はこの恋を続けるから。
他に好きなヤツができるまで俺は――
「嫌だ!」
白狼が叫ぶ。
「兎洞が誰かのものになるなんて耐えられない」
白狼が泣く。
「白狼……泣くなよ」
俺は白狼の頬に手を伸ばす。
白狼は俺を抱き寄せた。
(好きだ。兎洞、好き。愛してる。兎洞は俺のものだ。どこにも行かないで。俺のそばにいて)
「うん……うん」
「怖かったんだ。兎洞が自分の気持ちは偽物なんだって気づいて離れていくんじゃないかって」
俺は白狼の背中に腕を回す。
背中を優しく撫でた。
「好きだ。兎洞が好きだ」
「うん。俺も好き」
「もう、離してあげないから」
白狼は俺を強く抱きしめた。
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