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第5話
講義を終えあとは居酒屋のアルバイトがあるため、真夏は電車に駆け込んだ。
更衣室で着替えてキッチンに向かうと伊賀良が大鍋を振るっている。真夏に気がつくと片手を上げた。
「お疲れ、真夏」
「今日も入ってるんだな」
「一人欠勤でたからサービス残業よ」
「社員は大変だな」
「まあな」
話しながらも伊賀良は手を休めず、卵液がよく絡んだ炒飯を器用にお玉に集め皿に盛った。米粒一つ取りこぼさず、綺麗な球体の炒飯ができあがる。
入社してまだ半月なのに料理の腕がめきめき上達しているなと関心した。
伊賀良は同じ施設出身の同い年で施設を出るときに一緒に上京した。
施設出身者のほとんどは高校卒業と同時に就職するのが通例で、伊賀良もその一人だ。
真夏のように大学に進学する方が少ない。
「コンビニはどうだったの?」
「いい感じ。ベテランのおばちゃんがやさしかっ
た」
「真夏は昔から年上に受けるよな」
「熟女限定だけど」
真夏は人懐っこいせいか施設の職員に可愛がられていたが、みんな五十代以上のおばさんだった。両親の記憶がほとんどない真夏にとって職員は親同然で好かれるのは嬉しいが、男としては同世代の女にモテたい。
「お通しお願いします」
「はい!」
ホールスタッフの注文に会話を切り上げ、冷蔵庫から漬物を出し、小皿に乗せてカウンターに置いた。平日の夜でも店は混んでいて注文票のディスプレイにはずらりと料理名が並んでいる。
真夏は伊賀良の隣で野菜を切り始めた。
フライパンをさっと洗った伊賀良が今度はエビ
チリを作り始め、香辛料の香りがのぼってきて目がしぱしぱする。
「施設から連絡きた?」
「なにも」
「真夏、一番長くいたのに寂しくないの?」
「甘えるなってことだろ」
寂しくないと言えば嘘になるが、本当の家族ではないから仕方がない。向こうはあくまで仕事だ。
父親は真夏が四歳のときに子連れと再婚した。四人での生活はあまり憶えていない。怒鳴られたり、殴られたりしたことはなく、ただ養母の連れの義理の姉有希に育ててもらったようなものだった。
二歳しか変わらないのに有希はしっかりした子どもで、ご飯を作ってくれ、洋服を洗濯し、外に遊びに連れて行ってくれた。
お金がなくなると学校の給食で出たパンを持ち帰ってきて、半分こして食べたこともある。
それを別段辛いとは思わなかった。有希が笑ってくれるだけで充分幸せだったから。
だがなんの予兆もなく両親が姿を消した。有希と真夏は親戚をたらい回しにされ、もう面倒みきれないと施設に預けられたのが真夏が八歳、姉の有希は十歳だった。
姉弟とはいえ同じ施設に預けてもらえるわけではなく、別々の施設で育った。
真夏が寂しくならないように有希はまめに手紙や電話をくれ、週末には会いに来てくれた。
本当の弟のように大切にしてくれた有希が大好き
だった。
「二年になるんだっけ」
伊賀良も同じことを考えていたのだろう。有希とは何度か面識はあり、慕ってくれていた。
「早いよな。あっという間だ」
有希は二年前に病気で死んだ。そこから真夏はずっと一人ぼっちだ。
「エビチリまだ?」
ホールのスタッフの声に我に返り、伊賀良と手が止まっていたことに気づく。
「こりゃラストまでいるやつだわ」
伊賀良がおどけてくれるように肩を竦めるので、真夏は頑張ろうなと笑顔を向けた。
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