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第4話
九時前に店に着くと夜とは打って変わって多くの客で賑わっている。駅前唯一のコンビニは通勤通学ラッシュを過ぎても近所に住む主婦やお年寄りに重宝されているらしい。
レジの列には三、四人ほどの客が並び、五十代くらいの女性が笑顔で接客している。パーマなのか天パなのか髪がくるくるして動くたびに跳ね回っていた。
入店するとスキャナをする手を止めて「いらっしゃいませ!」と声をかけられぎこちなくお辞儀を返す。
店内を見回っているとトイレ横のドアが開いて八木が出てきた。
「お、時間通りじゃん」
「おはようございます」
「悪いね、いま忙しくて。もう一人来る予定だったんだけどバックレられてさ。ちょっと待っててよ」
「わかりました」
昨晩と同じバックヤードに通されて椅子に座る。数時間前とまるっきり同じ行動に目眩がしそうだ。
「そこにマニュアルあるから適当に読んでな」
八木が指さしたパソコンデスクの上にはA4のファイルが置かれ、表紙には「新人用マニュアル(アルバイト編) 」とラベルが貼ってある。
店に複数ある防犯カメラの映像を一目で見れるようにパソコンの上には小型テレビが二台あった。客がひっきりなしに来るのでレジ前には大行列ができている。
八木とおばちゃんが手早くさばいているが、まだ時間はかかりそうだ。
待っているだけでは退屈なので言われた通りマニュアルのページを捲る。
一般的な接客用語や自動レジの使い方、クレーム客の対応の仕方と順に読んでいると「あ~疲れた」という八木の声に顔を上げる。
「お、真面目に読んでんじゃん。偉い偉い」
「やることなかったし」
「じゃあサクっと始めますか。履歴書ちょうだい」
履歴書を渡すとそれまでと打って変わって八木の表情が変わる。自分という人間の価値を査定されているようで落ち着かない。
一通り読んだ八木は口をへの字にする。
「施設出身か」
「……ダメですか?」
「いや、前にもそういう子いたのよ」
「バイトは高校生の頃からやってました。コンニビはないけど」
「いいねぇ~採用。ちょうど朝番一人飛んで困ってるからさっそくいまから働いてよ」
「いまから!?」
「マニュアル読んだでしょ?」
「そんな簡単に仕事ができたら苦労しねぇよ」
最もな意見を返したが八木はくまが滲む目元で力なく笑った。
「ま、履歴書見る限りファミレスとガソスタやって、いまは居酒屋やってるんでしょ?接客に問題なさそうだし、レジさえ覚えれば完璧。即戦間力違いないよ」
「横暴だな」
「正直な話、夜間も一人で回して中番が来るまで働くのはしんどいのよ。助けると思ってさ」
確かに八木は九時間前よりやつれている。
真夏は再びここに来るまで風呂に入り、食事をして、課題をこなし、短いけれど睡眠もとった。
その間八木は休みなく働きづめだったのだ。
疲労の色が一段と濃くなる姿は有希と重なり、なんとかしなくちゃと焦りに背中を押される。
「……わかりました。ちゃんと給料にいれてください」
「恩に着るよ」
拝む八木の左手の指輪が目に入った。
真新しい指輪は一切の穢れを知らないように輝いている。
どきりとした。
でもなにかに急き立てられるように確認しなくちゃと口が考えるよりも先に開く。
「店長、結婚してるんすか?」
八木は一瞬顔を引き攣らせ、指輪を隠すように手で覆った。
「身体の一部。爪とか髪とかと一緒」
「大事なものってことっすね」
「よくわかってんじゃん。じゃ更衣室はそのドアね。制服とエプロンはこれ」
八木はこれ以上訊かれたくないのかさくさくと事務的なことを言うとさっさと店内に出て行ってしまった。
真夏も着替えて店に出ると客足が落ち着いてちょうど品出しをしているおばちゃんに八木は声をかけた。
「今日から入ってもらう伊澄くん。菊さん、いろいろ教えてあげて」
「よろしくね。菊池です」
「よろしくお願いします」
「じゃあ俺は帰るから」
「お疲れ様です」
八木は真夏を菊池に預けるとそそくさとバックヤードに戻り、私服に着替えてあっという間に店を出て行った。
「店長、もう十五連勤目なのよ」
「それって労基に違反してません?」
「人手不足でね。だから伊澄くんが入ってくれて嬉しいわ」
「無理やり入れられたようなもんですけど」
そもそも面接というより雑談だし、勧誘もほぼ強制みたいな部分もあった。真夏が常識人だからよかったようなものの、怪しい人だったらどうなっていただろうか。
「店長あんなんだけど仕事はできるのよ。仲良くやっていきましょ」
菊池はよほど八木を信頼しているのだろう。
いまのところあの男の良いところは見つけられて
はいないが、悪い人ではない、という確信はある。
ーーだって有希が好きになった男なのだから
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