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プロローグ(2)

「ねぇ」  一つ気にかかることがあり、前を歩く子供に声をかけた。 「どうして、僕一人なの? 僕以外に、赤ちゃん、いなかった? 人間の形はしてなくて、たぶんまだ魚みたいな形だけど。大きさも、卵くらい」  産婦人科で見せてもらったエコーの画像を思い返す。  人間の形はしてなくても。確かに、僕のお腹の中に、別の命がいた。あの子は、どこに行ったのだろう。  もし、死んだときの形を保っているのなら、小さすぎて気づかれなかったに違いない。きっとまだ、僕達が死んだ場所に取り残されているだろうから、連れ戻しに行かなければいけない。  胎児が泣くはずないのに。まだ人の形すらしていないその赤ん坊が、迷子の子供みたいに、泣いて、僕を探しているような気がした。  けれど、僕の指を引く子供は、足を止めようとしなかった。 「らいじょーぶ」  足元近くから、子供の声で、舌ったらずな言葉が返ってくる。何が「大丈夫」なのかはわからない。 「いるから、らいじょーぶ。少しいなくなるけど、またママのところに行く」  やはりその言葉の意味は、僕には理解不能だった。  ママって、もしかして僕のこと?  訊こうとしたけど、「あそこ」という言葉に遮られた。  指が解放されて、足を止める。  暗闇の中で、初めて、光が見えた。虫眼鏡で太陽光を集めたみたいに、前方の一か所だけが丸く光っている。 「あとはママが一人で行って」 「え? あそこがあの世の入り口ってこと? 行くなら僕の赤ちゃんも一緒に……」 「時間がないから、ママは先に戻って。――は、今から迎えに行く。らいじょーぶ。ママがママらしく生きていたら、きっと、また会える」  誰かの迎えに行くようだけど、僕の赤ん坊のことだろうか。  それ以上、子供の声はしなくなり、気配も消えた。  歩いてきた暗闇をしばらく茫然と眺め、踵を返す。  小さな子供の手だったのに、それがなくなった途端に、急に心もとなくなった。  真っ暗闇の中を一人で歩くのは怖い。  できれば、赤ん坊を待って一緒にあの世に行きたかったけど。案内人の子供が言い残した言葉も気になっていた。時間がないから先に戻ってと、確かそう言っていた。  いち早くあそこに行かなければならないことも、本能的にわかる。 『らいじょーぶ。ママがママらしく生きていたら、きっと、また会える』  舌ったらずなその言葉に背中を押され、僕は意を決して光に向かって歩き出した。

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