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重なる思い(2)
普段は兵士らで賑わう食堂は、今は夕方の仕込みの時間とあって客はいない。古びた木製の長椅子に腰かけて握り飯を頬張っているのは、年端のいかない少年と、それよりも更に小さい少女だった。
二人は両親を戦争で亡くした戦争孤児で、物乞いをして食いつないでいた。空腹のあまり畑の野菜を盗もうとし、持ち主に見つかって折檻を受けているところに、教官として飛行学校に赴任してきた平田中尉 が通りがかる。彼は野菜の代金を払って兄妹を助けてやり、飛行学校の近くにあるこの食堂へ二人を連れて来る。そこで、食堂のおかみの娘である寿美子 と出会う。
その出会いのシーンの『ランスルー』と呼ばれる通しのリハーサルが、カメラや照明、音声などを本番同様に準備した上で行われている。
『二人の食い扶持は俺が払うので、ここに置いてやってもらえませんか? 兄の方は、何かしら手伝いもできるでしょうから』
『できればそうしてあげたいですが……、母に聞いてみませんと……』
中尉の頼みに、寿美子は申し訳なさそうな顔をする。
寿美子の母である食堂のおかみは、今は食材の買い付けのために出払っている。
人一人が生きるのに必死だった時代だ。例え金をもらっても、子供を食わせてやれる保証はない。
幼い兄妹を見る二人の目は痛ましく、そして優しかった。
――もし。
中尉が特攻に志願しなかったら。戦争で生き残ることができたなら。
こんなふうに、二人で我が子を慈しむ未来があっただろうに。
死ぬべきは、中尉ではなく、俺 だったのに――……。
「……夏希も、ジムでトレーニングしている成果が出てるみたいだな」
どこか遠いところで、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「……って、何でお前泣いてんだ?」
今度はさっきよりもはっきりと、近くで聞こえる。
自分の中から、すーっと感情の波が引いていくのがわかる。
声のしたほうへ顔を向ける。モニターの映像から目の前の人物へと視界が切り替わると同時に、意識も現実へと戻って来た。
瞠目した稲垣の顔が、水の膜が張ったように潤んで見える。
「あ、いや、これは……。金田のつもりで見てしまっていて……」
慌てて濡れた瞼と頬を拭う。
「リハーサルからそんなんじゃ、本番までもたねーぞ」
稲垣が呆れたように笑い、僕の頭をぽんぽんと撫でた。
自分とは別の人間を演じられている感覚が持てるようになったことは嬉しい。でも、僕はまだ、主役の二人のように、カチンコの音だけで役と自分自身を瞬時に切り替えられるわけではない。
最近は今感じている気持ちが僕自身のものなのか金田二等兵のものなのか、わからなくなることが度々あった。
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