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最初で最後(3)

 仲居さんに案内され連れて行かれたのは、別館だった。  別館の部屋は全て露天風呂付きらしい。当然、風呂なしの部屋より値段も高いのだろう。  入浴中は眼鏡とマスクを外すから、大浴場に行けば正体がバレる可能性が高い。風呂付きの部屋にしたのはそのためかと思われる。露天風呂だけでなく大きな二つのベッドに掘りごたつ式の和室まであって、「これがスイートルームってやつか」と思えるような広々としたゴージャスな部屋だった。  こんな豪華な部屋に泊まれるのは、もしかしたら人生で最初で最後かもしれない。  一度いなくなった仲居さんがすぐに食事の膳を運んできてくれて、和室のテーブルの上に所狭しと美味しそうな料理が並ぶ。三間(みま)はその間に、スーツを脱ぐついでに風呂に行った。  仲居さんが退室した後、露天風呂に声をかけると、まもなくして三間が浴衣姿で現れた。体から石鹸の香の湯気を立ち昇らせているが、髪は濡れていないから、後でまた入るつもりなのだろう。  三間の浴衣姿は、正視できないほどに強烈な色香がある。その男らしい首元からさりげなく視線を逸らす。  三間が先に座椅子に座り、僕は自分の席ではなく、テーブルから離れた手前の畳の上に正座した。 「三間さん……」 「『ハル』な」  再び呼び方を訂正され、不可解に思う。  今は僕達だけなんだから、別に普段の呼び方でいいだろうに。 「(はる)さん」  練習ってことかと考え、言い直す。 「今日はここに連れてきてくださり、ありがとうございました」  畳に額が付くほどに深々と頭を下げた。  頭を上げると、照れ隠しか、困ったように少し眉尻を下げた顔と視線がぶつかる。 「少しは役に立ったか?」 「はい。お陰で、納得のいく形で金田を演じられそうです。いつか必ず、この御恩はお返しします」 「大袈裟だな」  口元に苦笑が浮かぶ。 「恩返しとかはいい。普段、夕食を作ってもらっている礼だから。出世払いと言ったけど、本当は返してもらうつもりはなかったんだ。俺にも、目的があったからな」  三間は、この話はこれで終わり、といったふうに「飯が冷めるぞ」と言い、席に座るよう促した。  ここに来る『理由』ではなく、『目的』があったと三間は言った。同じ意味かもしれないけど、なんとなくその違いが気になりつつ、座椅子に座る。 「これ全部食べたら、ダイエットが一気に振り出しに戻りそうですね」  気を取り直して、はしゃいだ声をあげた。  お刺身やしゃぶしゃぶ、吸い物に茶碗蒸し。テーブルに並んだ料理全部食べたら、普段の夕食の3倍のカロリーはありそうだ。 「これでも、『嫁に付き合って俺も食べるの控えてるから』つって、さつま揚げとかのカロリー高そうな奴は減らしてもらったんだがな」  まだその話をするか! と僕は三間を睨みつける。  三間は珍しく、ははっ、と茶目っ気を見せて笑った。  いつになく面映ゆい気分で食事を始めたから、テレビをつけるのを忘れてしまった。  三間と二人でいて会話がないのはいつも通りだけど、慣れない場所のせいか、いつも以上に静寂が気になる。  共通の話題と言えば撮影中の映画の話になるが、今日見てきたものを思い出して雰囲気が暗くなりそうな気がする。 「みま……、(はる)さんは、どうして俳優になったんですか?」  何か当たり障りのない話題……。そう思ってふと浮かんだのがそれだった。しかし、口に出した後で、そう言えば、一度目の人生でも同じ質問をしていたことを思い出した。  

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