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最初で最後(4)
三間が箸を止める。
答えを考え込んでいる顔を見て、不思議に思った。
一度目の人生でこの話をしたのは、予期せぬヒートで体を重ねてしまった後の、いわゆるピロートークのときだ。欲情の波が少し落ち着いた頃、気まずさと罪悪感を埋めるために交わした会話の中で、そんなとりとめもない話をした。
でも、あのときは、『事務所の社長からスカウトされたから』と即答された。『僕も事務所の専務にスカウトされたんですよ』と返して、その話題はすぐに終了したはずだ。
「俺の実家は色々と事情があって、居心地が悪くてな……」
手を止めて答えを待っていると、あのときとは異なる答えが返って来た。
再び箸を動かし始めた三間が、淡々と食事をしながら淡々と話をする。
視線は膳へと伏せられているが、嫌々ながら話しているふうではない。
「中学まではそれでも何とか我慢していたんだが……、高校生になってからは、家族と顔を合わせたくなくて、夕食が終わる時間まで外で時間を潰すようになった。やることもなくてふらふらしているときに、うちの事務所の社長や佑美 と会ったんだ……」
予想外の名前を耳にし、胸がキュッと引き絞られる。
以前は佑美さんも同じ事務所だったことは知っていたけど。まさか高校生の頃からの付き合いだったなんて。
ざわりとした胸の内に気づかれぬよう、僕はすました顔のまま食事を続けた。
「二人とも、大学の演劇サークルに所属していて、俺が高2のときだから、社長が3年で佑美が1年だった。河川敷でなんかわちゃわちゃやってんなーと思って、立ち止まって見ていたら、『おーい』って社長に呼ばれて。バイトで一人来られなくなったから、時間があるなら、君がこの役をやってくれないか、って無茶ぶりされてな」
窓の外を見るように視線を上げた顔が、懐かしそうに双眸を細める。
三間にこんな顔をさせる社長や佑美さんを、羨ましく思った。
「昔から物覚えはよかったから、台本は一度読んだらたいていの台詞を覚えられる。演技は初めてだったけど、サークルの人達がみんな褒めてくれるから、自分でも、俺って役者の才能があるかも? なんて調子に乗ってしまってな。そのあと、飯を奢ってもらって、また来てほしいと言われて。他にやりたいこともなかったから、放課後は毎日、演劇の練習に参加するようになったんだ」
三間が所属している芸能事務所のアプローズは、今の社長が脱サラして起業した会社だと聞いたことがある。
社長は大学の頃は脚本を書いていたが、起業後はマネージメント業に徹しているらしい。佑美さんの大学卒業と同時に企業し、佑美さんと、当時大学生だった三間が最初の所属タレントになった。という話を、以前、マネージャーの白木さんから聞いたことがある。
話だけ聞くと、アプローズの社長は、佑美さんのためにサラリーマンを辞めて芸能事務所を立ち上げたように思える。でも、佑美さんは去年、アプローズを辞めて個人事務所に籍を移した。その理由は、三間との結婚のためだと噂されている。
事務所の中で一番の稼ぎ頭だった女優に出て行かれたのだ。噂が本当なら、三間は社長の恨みを買っているのではないかと秘かに思っていた。
けれど、社長の話をする三間の表情からは、社長に対する負い目や謝罪の念は感じられない。
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