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最初で最後(5)
「以前は演技の相談をしに社長の家にもよく行っていたんだ。今年に入ってからは、正月に行ったきり一度も行けていないから、今度行くときはお前も誘う」
「へ?……僕ですか?」
急に矛先を向けられて、思わず声が裏返った。
「面倒見のいい人だし、何か困ったことがあったときは、他の事務所のタレントでも相談に乗ってくれるはずだ。知り合っておいて損はない」
一度目の人生でも。そういう人がいたら違ったのだろうか。
そう思ったから、素直に応じることにした。
「あ、はい……、じゃあ、機会があったら、よろしくお願いします」
未だに、何を考えているのかよくわからないことの方が多いし、僕のことを気にかけてくれるのも、ただの親切心からだけではないこともなんとなくわかる。
でも、一度目の人生では話してくれなかったことまで話してくれた理由は、一度目よりも僕を信用してくれているからだろう。大切な人達との思い出を話したい相手に選んでもらえた。そのことは、手放しで嬉しいと思える。
「お前は? なぜ、今回の映画のオーディションを受けたんだ?」
お返しとばかりに振られた質問に、既視感を覚える。
そう言えば……、確か去年のNG大賞の収録のときにも、白木さん が同じことを言っていた。
『三間さんが、何であいつはこの仕事を選んだんだ? って言ってたから、来月会ったときにちゃんと自分で説明してね』と。
あのときと同様に、何故、僕ごとき駆け出しの役者の仕事に、三間のような人気俳優が興味を持つのだろうと不思議に思う。
三間さんが絶対に出なさそうだから、この映画を選びました。と正直に言うわけにもいかず、答えに窮する。
「月城専務に、オーディションを受けるように言われたのか?」
返事を待たず、三間は質問を畳みかけた。
「い、いえ。専務には何も言われていません」
映画のオーディションを受けたのは僕の我儘だ。
同じ時期に、一度目の人生では主役に抜擢された学園ものドラマのオファーも来ていたから、事務所にはドラマを勧められた。
「えっと……。僕、あまりシリアスな役をやったことがなかったので……、勉強になるかなと思いまして……。三間……晴さんは、どうして今回の映画を受けたんですか?」
チラリと上目遣いに鋭い視線を向けた三間は、「嘘つき」と言っているようにも思えた。
嘘はついていない。それが一番の理由ではなかったけど。演技の幅を広げたかったのは事実。そんな言い訳を、眼差しに込める。
「俺も似たようなもん」
なげやりに返され、なんとなく彼も嘘を吐いている気配を察した。そうだとして、三間が嘘をつく理由はわからない。
腹の探り合いのような居心地の悪さを感じて、それとなく話題を変える。
「そ、そう言えば、指宿 って砂風呂が有名みたいですけど、明日、やってみます?」
「それって、砂に埋もれて顔だけ出すやつだろ? その状態で正体バレたら、かなりまぬけじゃね?」
何事もなかったかのように、三間は気安く返した。
確かに。『三間晴仁。指宿で砂風呂体験』の見出しでネットニュースに上がり、通りすがりの観光客が撮った、砂から顔だけ出ている三間の写真がSNSで拡散される。
想像したら可笑しくなって、くくくっ、と肩を震わせた。
「お前がしたいんだったら、したらいい」
「い、いえ。僕もやめときます」
気まずくなりかけていた空気が和らいだのがわかる。
その後もぽつぽつと会話が続き、食事も、どれも美味しく味わうことができた。僕が食べきれなかった分まで三間が食べてくれたので、彼はやはり普段の夕食の3倍くらいのカロリーを摂取することになった。
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