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最初で最後(6)

 食事の膳が下げられたあと、揃って和室の畳の上でストレッチと軽い筋トレをし、三間はもう一度風呂に行った。「先に入るか?」と言われたけど、「後でゆっくり入りたいから」と断って、先に入ってもらった。  長時間運転して疲れているだろうから、先に休んでもらいたいと思って。  11時を過ぎた頃、三間と入れ替わりに僕もお風呂に入った。  露天風呂だから外は寒いけど、お風呂に浸かると、体は芯から暖まるのに頭はきんと冷えて、のぼせることなくいつまでも浸かっていられる。三間が寝床に入ったようで、途中で寝室の照明が消えたため、星がより綺麗に見えるようになった。  東京の夜空よりも、星の数が圧倒的に多い。  車の音も電車の音もしない静けさの中で、露天風呂に浸かりながら見上げる満点の星空。あまりにも日常とかけ離れすぎていて、夢の中にいるような気分になる。その所為か。  もしかしたらこれは、全て夢の中の出来事なのではないか……。本当の僕は階段から突き落とされた後、意識不明の重体になっていて、長い夢を見ているだけかもしれない。  久しぶりに、時間が巻き戻ってすぐの頃に感じていた、そんな錯覚に囚われた。  頬を強く抓ってみる。痛いことに、ほっと安堵の吐息を洩らす。    一度目の人生で階段から突き落とされ、死ぬかもしれないと思ったとき。死にたくないという思いは起こらなかった。『絶望』と呼べるほどの大きな落胆ではなかったけど、突き落としたのが三間だと思った瞬間、命より先に、生きる意欲のほうが、自分の中からすーっと消えていったように思う。  今は、死なずにすんでよかったと心から思っている。三間と再会できたことも、こうして旅行に来ていることも、現実の出来事であってほしい。  一度目の人生で僕を階段から突き落としたのは、彼ではない。例えどんなに僕のことを恨んでいたとしても、三間は自分の保身のために人に危害を加えるような人間ではない。  一度目と二度目で、彼は別人のようだけど、それは一度目の僕の態度がよくなかった所為でもあると思う。キャラ作りのために彼を利用するのではなく、僕が彼に歩み寄ったから、彼も心を開いてくれた。彼自身が大きく変わったわけではないだろう。  でも、だとしたら、一度目の人生で僕を階段から突き落とした人が、他にいることになる。  自分が共演者やスタッフからよく思われていなかったことは知っていたけど、殺されるほど恨みを買った覚えはない。僕を殺して特になる人間が三間以外にいたとも思えない。  突き落としたのは三間だと思い込んでいたから、三間にさえ近づかなければ、今回は殺されることはないだろうと思っていた。  でも、誰かわからない相手が犯人だとすると、どうやって警戒したらいいのだろう。  そこまで考えて、ふいに背筋に薄ら寒いものを覚えた。  今回も、僕は何か、見落としてはいけないことを見落としてしまっているのではないか――。  駄目だ。考えても仕方のないことを考えるのはやめよう。  自分にそう言い聞かせる。  普通に生きてきて、そうそう人から殺したいほど憎まれるはずがない。  不安を振り払うために、濡れた手で頬をぱんぱんと叩いた。

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