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最初で最後(9)

 三間が革靴であるにも関わらず砂浜を歩き始めたため、僕も一歩分の距離を開けて後に続いた。砂が湿っているからか、靴の中に入ってくることはない。  三間の視線は、波打ち際にいる家族連れに向けられていた。  もしかしたら、そう遠くない未来の、自分たちの姿を想像しているのかもしれない。三間と、佑美さんと、その子供の、三人の姿と。  そう思ったらそれ以上その横顔を見ていられなくなり、大きな背中へと視線を下げた。  三間と佑美さんが実際に付き合っていることを、三間の口から聞いたわけではない。  でも、一度目の人生で、三間は僕を抱きながら、佑美さんの名前を呟いていた。それはすなわち、それ以外考えられないわけで……。 「三間さんは……」  ん? という顔で、三間が振り返り、足並をゆるめて隣に並んだ。  佑美さんと付き合っているんですよね? と言おうとして。前に稲垣が、「佑美さんのことになると、晴さん、わかりやすく『何も訊くな』オーラ出してくる」と言っていたことを思い出した。  咄嗟に、別の質問を考える。 「ハル、な」  下の名前で呼ぶルールは、今日も続行中らしい。 「晴さんは……。そろそろ結婚とか、考えているんじゃないですか?」    どこの芸能リポーターだよ!  口に出してしまった後で自分にツッコんだが、とき既に遅し。  三間が虚を衝かれたように足を止め、僕もそれに倣う。その眼差しがふたたび遠くに向けられる。家族連れが帰っていくところだった。 「すみません。下世話な質問でした。今のは忘れてください」  慌ててそう付け足した。 「……昔は、結婚なんて、紙切れ一枚に何の意味がある? って思ってたけど……」  三間は僕の質問に答える気のようだ。  気になるけど、知りたくない。  訊いておいて、自分にはその答えを聞く覚悟ができていなかったことに気づく。 「今は、大切な人を守るためには、形も大事なんだろうと思っている。だから……、今回の映画の撮影が終わって、色々面倒事が片付いたら、ちゃんと言うつもりだ」  佑美さんに、プロポーズするということだろう。  そっか。三間さん、結婚するのか。  ショックじゃないと言えば嘘になるけど。  瞬間的な痛みが引いていったら、そのほうがいい、という気持ちのほうが大きくなった。  映画の撮影が終わっても、三間が一人でいるかもしれないと思ったら、ちゃんとご飯を食べているかとか、気になっただろうから。そのほうがいい。三間が一人じゃなくて、よかった。 「幸せになってくださいね」  気負いなく、するりとその言葉が出てきて。笑顔もちゃんと作れて。そのことに、ホッとした。  家族連れから視線を戻した三間が、眉間に皺を寄せ、物言いたげに僕を見る。その表情は、照れ隠しというよりどこか不服そうに見える。 「寒いから、そろそろ戻るか」  彼は返事を濁し踵を返した。僕も後に続く。  三間からは見えなくなったところで、無意識に手がお腹に伸びていた。そこに誰もいないことが、少しだけ寂しかった。

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