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オメガならよかった(3)

 券売機で食券を買い、四人分空いている席を見つけて座る。僕の隣は稲垣で、正面は白木さん。稲垣の正面が月城専務、という配置になった。 「この前の土日は撮影はオフだったんだろう? 少しはゆっくりできたかい?」  いつもの気さくな調子で、専務が会話の口火を切る。  三間から、旅行のことは口止めされている。僕にとってはできれば避けたかった話題で、返事をするまでに一拍の間があった。 「……あ、はい。久々にゆっくりできました。諒真さんはどうでした?」  ボロを出す前に稲垣へと話を振る。 「俺はグラビアの撮影があったから、普通に仕事だったよ。夏希は、せっかくの完全オフなのに、どこかに行ったりしなかったのか?」  話を振ったつもりが、まさかのブーメランだった。  ふたたび頭の中で答えを模索する羽目になる。  旅行に行ったと言えば、誰とどこに行ったか訊かれるだろう。お金がないことはここにいる全員に知られているし、同行者がいたのではと怪しまれるに違いない。 「い、いや……。特には……。そうですね……。散歩くらいはしましたけど……」  苦し紛れにそう返した。  旅館に泊まった翌朝、三間と浜辺を散歩したから、嘘は吐いていない。 「せっかくの貴重な連休なんだから、旅行にでも行けばよかったのに」  さも残念そうに口を挟んだのは、専務だ。 「それとも、あれかな? 実は恋人と旅行に行ったけど、専務の僕の前では本当のことを言えないのかな?」  思わず口の中の物が喉に詰まりそうになった。慌ててお茶で流し込む。  からかわれているんだろうけど……。なんだろう。目が笑っていないように思えるのは、気のせいか。 「そ、そんなことあるわけないじゃないですか! 恋人なんていませんよ。駆け出しの新人俳優にそんな余裕はありませんって!」  あははは、と自分でも大根役者だと思うような、引き攣った笑みを浮かべてみせた。 「専務は四国の映画祭に行かれたんですよね? 同じ映画祭に中島佑美さんも参加されていたとニュースで見ましたけど、どうでした?」  白木さんが話題を変えてくれて、秘かに、ホッと胸をなでおろす。 「あぁ。忙しそうだったからあまりゆっくり話す機会はなかったけどね。とても素敵なドレス姿を間近で見られたから、それだけでも行った甲斐があったよ」  そのときのことを思い出しているのか、専務がうっとりと目を細めた。  この話は三間には聞かせられないなと心に刻む。  一度目の人生では、僕は専務に秘かに憧れていた。  もちろん、雲の上の人だということは知っていたけど、スカウトしてくれたのも専務だし、よく現場にも足を運んでくれて、僕の演技やバラエティ番組でのコメントを褒めてくれていたから、僕も自分が専務のお気に入りだと勘違いしていた。  一度目の人生なら少なからずショックを受けたかもしれない専務の表情に、全く心が揺れなかったのは、ここにはいないあの人のお陰だろう。

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