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オメガならよかった(4)
専務は佑美さんのファンであることを隠さず、その後も彼女のこれまでの出演作のことなどをひとしきり喋っていた。そこまでは、よかったのだ。
稲垣がお茶のおかわりをするために席を立つ。そのタイミングを見計らっていたかのように、専務が前方に軽く身を乗り出し、声を潜めて訊ねてきた。
「実際のところ、あの二人はどうなのかな?」
あの二人というのは、話の流れからすると、三間と佑美さんのことだろう。「どうなのかな?」という言葉の意味は、たぶん前に稲垣にも訊かれたことと同じ。「付き合っているのか?」とか、きっとそういう意味だ。
慌てて周囲を見回す。会話が聞こえる範囲には人がおらず、専務もそれをわかっていて訊ねたようだった。
仕事ができて理知的で温和。そんなイメージしかない専務だから、他人のゴシップを話題にしたことを意外に思う。そしてその意外さに、既視感を覚えた。
……あれ……? たしか前に同じこと訊かれなかったっけ……。
いつのことだったかと記憶を紐解き、思い出した。
ちがう。訊かれたのは、一度目の人生のときだ。
すぐに思い出せなかったのは、そのときの精神状態が普通ではなかったからだろう。
一度目の人生でそれを訊かれたのは、妊娠が発覚し、そのことを専務に報告したときだ。当時は僕専属の、別のマネージャーがついていて、マネージャーに相談したら専務に呼び出された。
僕と三間が二人で食事に行った帰りにいわゆるラブホテルに行き、そこで一晩過ごしたことは、既に世間の知るところとなっていたから、相手を誤魔化すこともできなかった。
行為の後にすぐにアフターピルを飲まなかったのは、仕事が詰まっていて病院に行く時間がなかったからだ。受診して、マスコミにバレるのも怖かった。
けれど、このままいけばそのうちお腹が大きくなってきて、隠し通せなくなる。僕の生活力で一人で産んで育てることは難しいとわかっていたから、なんとか勇気を出して、堕胎のできる月齢のうちにマネージャーに報告した。
三間は以前から佑美さんと付き合っているという噂があったので、週刊誌の記事の信憑性を確認する形で専務に訊かれたのだ。「実際のところ、三間君と中島さんは本当に付き合っているの?」と。
僕を抱きながら三間が佑美さんの名前を呼んでいたことから、二人が付き合っていると思い込んでいた僕は、深く考えずに「そうみたいです」と答えた。
芸能人としての自覚のなさを激しく責められ、失望されることを覚悟していたが、専務は普段通り優しかった。
三間に妊娠のことを打ち明けて、まずは当人同士どうするか相談するように言われて、僕は三間をテレビ局の非常階段に呼び出したのだ。そして、おそらく三間じゃない誰かに突き落とされた…………。
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