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オメガならよかった(10)
「監督に言われたんだ。演技が舞台役者っぽいって……」
肩口で声がする。
慣れない距離感に居心地の悪さを感じつつも、普通に話を聞いていられるのは、相手が稲垣だからだろう。
もしもこれが三間だったら、ドキドキしすぎて話が頭に入って来なかったはずだ。
稲垣の言葉は、僕にも腑に落ちる部分があった。
稽古のときの彼に、僕も同じことを感じていたからだ。
稲垣の演技は、発声の仕方からして普段の彼とは全然違う。指先にまで緊張感がみなぎっていて、カメラではなく、映画館の最後方の観客の視線まで意識した演技のように感じていた。でも、撮影が始まってからは存在感が薄まり、意識的に小さく演じているというか、そのせいで、逆に『演技くささ』が増してしまっていたように思う。
急な変化だったから、稽古から本番に入るまでの間に、誰かに何か言われたのかもしれないと秘かに思っていた。
「自分では、全くそういう自覚はなかったから、ショックだった。蛙の子は蛙と言われたような気がして……。俺があんなやつに似るはずないって頭の中でムキになって否定して、映像向きの演技を意識したけど、どうにも薄っぺらい気がして……。どう演じていいのかわからなくなっていたんだ……」
それで、今日もNGを連発していたということか。
監督の指摘が、完全に裏目に出てしまったようだ。
僕には、それについて何か的確なアドバイスができるほどの演技の経験はない。
ただ、今回だけで言えば稲垣と同じ役者二年目だけど、一度目の人生も合わせたら、トータルで4年近い経験がある。彼の倍の年数だ。
それに自身が演技のことで悩んでいたとき、あの人に親身になってもらって嬉しかった記憶が、僕の背中を後押しする。
「駆け出しの僕がこんなことを言うのはおこがましいですが……。映像は舞台よりも、演じ方に正解がない気がするんです」
薄闇に向かって発した声は、偉そうには聞こえなかった。そのことに秘かにホッとし、肩の力を抜く。
舞台では、後方の席の観客にも伝わるように演じようとしたら、動作や声がある程度パターン化せざるをえない。
笑いながら涙を流したり、声は穏やかなのに顔が怒っていたり、苦笑や微笑、嘲笑といった、繊細な表情の変化で感情を表現することができるのが映像の魅力であり、難しい点でもある。
何かを伝えたいと思っている僕の気持ちを、汲んでくれたのか。稲垣が寄りかかっていた体を起こす。
照れくさいから、顔は、夜の滑り台に向けたまま話を続けた。
「監督が舞台役者っぽいと仰ったのも、今日何度もNGを重ねたのも、それが駄目というわけではなくて……、色んなパターンを見て、その中で一番しっくりくるものを選びたかったからではないでしょうか……。だから、演技が舞台向きとか映像向きとか、そこにこだわる必要はないように思います。井上が何を見て、聞いて、何を考えて生きていたか、誰よりも考えているのは諒真さんですから。諒真さんの演じる井上が一番井上らしいと、自信を持っていいんじゃないでしょうか……」
『井上』というのは、稲垣が演じている役だ。井上一等兵。
『金田が見た景色を見たら、何かわかることがあるんじゃないか?』
三間にそう言われて実際に鹿児島に行ってからは、僕も、正解を探すことはやめた。金田のことを一番よくわかっているのは僕だから、僕が演じる金田が一番金田らしいはずだと、そこだけは自信を持っている。
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