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海外ロケとスキャンダル(1)

 佑美(ゆうみ)さんが発情期(ヒート)により撮影に穴を開けたのは一日だけで、その翌日には普段通り撮影所に現れ、近くにいてもフェロモンの匂いはわからない程だった。  アルファの精液を中に注がれると、オメガの発情期(ヒート)を早めに落ち着かせることができると言われている。僕も、一度目の人生でその効果を身を持って経験している。  通常なら1週間ほど続くはずの発情期(ヒート)が一日で終わったことや、佑美さんの休みと前後して三間が彼女のフェロモンの匂いを纏っていたことから、その夜に何があったかは皆が察するところとなった。  佑美さんは今回の映画のあとは、仕事の予定をほとんど入れていないらしい。  クランクアップを待って結婚報告する予定じゃないかとか、実はもう入籍してるのではとか、仕事をセーブしているのは妊娠を考えてのことだろうとか、撮影合間の暇潰しのネタとして、そういった下世話な噂話がしばしの間ささやかれていた。  僕は雑談に加わることはなかったけど、たまたま二人の話を耳にしたときは、積極的に耳を傾けるようにしていた。  三間と佑美さんは付き合っている。  二人はお互いが唯一無二のアルファとオメガで、誰も付け入る隙がないくらいに愛し合っていて、いずれは(つがい)になり、夫婦になり、家族になる人たちだ。  その事実が自分の中に浸透し、一度目の人生でのヒート事故の記憶を塗り潰してくれたらいいと思っていた。  佑美さんの発情期(ヒート)以来、三間に夕食を作ることがなくなったことも、その事実を浸透させる上で役に立っていた。夕食を作る、という接点がなくなれば、僕と三間は、本当にただの共演者にすぎなかった。  声をかけられないだけでなく、視線が合うこともなくなった。最初は避けられているように感じていたけど、時間が経つにつれ、これが僕と三間の普通の距離感なのだと思うようになった。一度目の人生も、こんな感じだったから。  夕食作りの話を持ちかけられたときのただならぬ様子から、裏に何か意図があるのかと訝っていたけど、なんのことはない。  本当にただ、ダイエットのために、ヘルシーな夕食を作ってもらいたかっただけなのだろう。ダイエットが成功したから、特別に仲良くする必要はなくなった。鹿児島に連れて行ってくれた理由も、映画を成功させたい役者魂と、先輩俳優としての気遣いだけだ。  それがわかって肩透かしを食らった気分になったけど、これ以上、無意味な期待を抱かずにすんでよかったとも思っていた。  撮影が終了し顔を合わせなくなれば、きっと彼を好きな気持ちも自然と薄れていくはずだ。    そんな僕個人の感傷をよそに、撮影は当初の予定からそれほど遅れずに順調に進んでいた。  3月上旬には撮影所での撮影のほとんどと国内ロケを終了し、主役二人の濡れ場のシーンと海外ロケを残すのみとなった。  今回の映画は戦時中の純愛が話の主軸なので、年齢指定が必要なほどの激しいものではないが、いわゆる『ベッドシーン』も用意されている。ネットを見ると、視聴者やマスコミが一番興味を持っているのもそこのようだった。恋人同士と噂されている二人の日常を垣間見られることを、期待している。    ほとんどの役者は3月上旬をもってオールアップ。海外ロケに参加する役者は僕と三間と稲垣の三人のみで、僕と稲垣はそこで撮影を終えることになる。海外ロケ終了後に撮影所で濡れ場を撮影し、それが終わればクランクアップ、という予定になっていた。  一つだけ不安なことは。  海外ロケが、僕の発情期(ヒート)と重なることだ。これまでは強めの抑制剤を使って、どうしても匂いを誤魔化しきれないときだけ体調不良を理由に一日休むとかして、なんとか周りに気づかれずにすんでいた。  ロケは船を手配しての撮影となるため、急なキャンセルは許されない。乾期で天候が崩れる心配が少ないこの時期のマレーシアをロケ地に選んであるのも、スケジュール通りに撮影を行うためだ。  撮影に穴を開けられない以上、フェロモンの匂いが心配な時は緊急用の抑制剤を追加するしかない。しかし、強い抑制剤ほど副作用の眠気や吐き気も酷くなるので、演技の質は格段に落ちる。  発情期(ヒート)がバレることと演技の質が落ちること。どっちがマシだろうと二つを天秤にかけながら、準備だけは万全に整えて、ロケの出発の日を迎えた。

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