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真相(4)

「それはどういうことだね?」  専務が鋭い視線を刑事に向ける。  刑事はしばらく沈黙し、ぽりぽりとこめかみを掻いた。うだつの上がらなさそうなその男の目には、何かを計算しているような光がかすかに浮かんでいる。 「たとえば、今後のことを相談したいとかなんとか理由をつけて、柿谷さんが事務所を通じて三間さんを人気のない場所に呼び出したとします。犯人がそれを知り得るような立場にいて、三間さんに危害を加えることを諦めていない場合、再び三間さんを狙って、その場所に現れる可能性があります」  専務が短く息を吸う気配がした。 「もし、三間さん以外の人物が現れたら、その人物が三間さんを襲った犯人の可能性が高い。署に任意同行を求めて、行動履歴を確認したり監視カメラの映像と照らし合わせることで、犯人だと断定できるかもしれません。ただ、原則、おとり捜査は認められていないので……、その方法は、我々からお勧めできるものではありません。あくまで、柿谷さんは三間さんを呼び出しただけで、犯人が現れる可能性があって不安なため警察官に同行を求めた、という建前なら、できないこともありません。犯人らしき人物が現れたとして、任意同行なので、断られる可能性もあります。それに……」  刑事は上目づかいで顔色を窺うように、僕をチラリと見た。 「犯人の狙いが三間さんだけとは限りません。柿谷さんに危害を加えることで、三間さんに濡れ衣を着せることもできます。我々はどこかに隠れて待機して、犯人が三間さんか柿谷さんに接触しようとした場合はその前に声をかけますが、間に合わずに二人が危害を被るリスクもゼロではありません」  やはり一度目の人生での犯人の目的はそういうことだったのかと、刑事の仮説を聞き、推測が確信に変わった。  一度目のときは、マネージャーを通して連絡を取ってもらった。スキャンダルで騒がれている中で僕と三間が会うことについては、アプローズの中でも何らかの議論がされたものと思われる。もし、犯人が三間に近しい人物か、社内に盗聴器を仕掛けるような人物なら、それにより、あの日あそこで僕たちが会うことを知り得た可能性はある。  専務も刑事も、腕を組み、視線を床に落として考え込む。部屋に沈む沈黙が、重苦しい空気をさらに濃くする。時計の針の音だけが、妙に大きく感じられた。  「我々からお勧めできるものではありません」と言った刑事の言葉の意味は、理解している。  自分の中で徐々に気持ちが固まっていく気配を感じながら、僕はそれを口に出す勇気を出せずにいた。思いとどまらせているのは、一度目の人生の、突き落とされて落ちていく瞬間に感じた、死への恐怖だった。  やがて、静寂を破り、抑揚をそぎ落としたような声が低く部屋に落ちる。   「柿谷君も狙われる可能性があると言われると、うちとしても他人事ではないが……、しかし、他に方法はないのかね?」 「片桐社長を説得して捜査に協力してもらえれば、地道に犯人を絞り込めますが、しかし、この規模の事件には人を割いてもらえませんし、かかりきりともいかないので、時間はかかります。もし、犯人が社内の人間なら、家も知られているでしょうし、犯人が捕まるまでは三間さんの不安は続きます」  気持ちは一方向へ傾いていたけど、その言葉に背中を押された。  落ちていく瞬間のあの恐怖が、今も三間の中で続いている。  そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。  しかも、彼の場合は、犯人が直ぐ近くにいる可能性がある。身近な人間に彼が狙われているかもしれないと考えると、僕もぐっすり眠れそうにない。  僕は深く息を吸い、固く握り込んでいた指を広げ、再びぎゅっと握り直した。 「あの……、僕はできれば、その方法を試してみたいのですが……」 「本気か?」  専務が珍しく大きく目を瞠る。 「そのかわり、三間さんは、その待ち合わせ場所に絶対に来ないようにしてほしいんです」 「それは……、直前にマネージャーを通じて予定変更を伝えれば、可能だろうが……」  一人なら、勇気が湧かなかっただろう。  でも、警察官が近くに隠れて待機しているのであれば、大丈夫なように思える。  せめて犯人が誰かを明らかにしたかった。

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