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真相(5)

 三間との待ち合わせ場所は、撮影所の屋外セットになった。  映画『空を見上げて』で使用された食堂が、半分焼け落ちた形で今も残っている。近々取り壊しが決まっているため、今はその一帯が立ち入り禁止になっていて人気(ひとけ)がない。よく見知った場所だし、少し離れたところには人が大勢いる撮影所があるため、行ったことのない廃屋などに比べたら安心感はある。  刑事が寮に来た翌日の17時半が、アプローズに伝えた三間との待ち合わせの時間だった。  三間は今日はまだ仕事を休んで家にいるという。  携帯電話は破損したが家に固定電話が通っているため、16時頃までにマネージャーから、今日の密会は中止になったと連絡が入ることになっている。  専務は今日は他の仕事が入っていて、僕のマネージャーである白木さんは、他のタレントの「秘境の湯」巡りのロケに同行しているらしく、そのせいか昨日から連絡が繋がらない。  白木さんに一度も相談できないまま今回のおとり捜査が決行されようとしていることに不安はあるものの、新たな事件が次々と発生し、他の刑事に応援を頼めるのが今日しかないということで、今日決行されることになった。  警察の人達は、待ち合わせ時間の30分前から周りの建物に隠れて見張ってくれているという。4人確保できた、と言っていたから、事件の規模にしては人員を割いてくれたのだろう。  今日は、専務の許可があるため、一人で外出できる。  寮に入るとなかなか自由に外に出られないため、ついでに産婦人科を受診することにし、午後一番で診察を受けた。三間と関係を持ってからまだ一か月程度なので、赤ん坊の姿はエコーで確認できなかった。でも、再度受けた尿検査と、エコーでオメガ男性の体のみにある子宮の原基が急速に発達していることが確認され、妊娠は間違いないと診断された。  不安はあるけど、市販の検査薬で調べたときと一緒で、不安よりも嬉しい気持ちのほうが大きかった。  カフェで時間を潰し、17時過ぎには撮影所に到着し、まもなくして、刑事から「待機完了」というメールが入って来た。誰が聞いているかわからないため、警察とのやりとりは全てメールですることになっている。  気持ちを落ち着かせるために撮影所内の立ち入り可能なエリアを無駄に歩き、待ち合わせ時間の10分前に屋外セットへ向かった。  戦火で半分焼け落ちた設定の食堂は、消防署に協力してもらって、実際に半分が燃やされた。そちらは黒く煤けた柱と梁だけが残り、屋根に大きな穴が空いていて、夕焼け空が覗いている。  厨房は無事で、戦後に半焼のまま営業を再開した設定のため、そのとき使っていたテーブルや椅子は、まだ運び出されずに建物の隅のほうに並べられていた。  厨房の奥には勝手口があり、建物の裏手に繋がっている。その扉が開いているのは、犯人らしき人物が現れた際、張り込んでいる警察官がすぐに入って来られるように、との配慮だった。裏手は周りから見える場所なので、警察官は、最初は近くの建物に潜んで待機すると聞いている。  それに、僕のカーディガンのポケットの中には、専務から渡された護身用のスタンガンもある。備えは万端と言えた。  待ち合わせの時間が迫り、スマホの時計を確認したとき。足音が聞こえてきた。  小走りに近いその足音が徐々に大きくなり、食堂の入り口に人影が射す。  帽子をかぶり、マスクとサングラスをしたその人は、すらりと背が高く、一度目の人生で僕を突き落とした犯人と同一人物に思えた。  何よりその人が放つ、威圧感を越えた鋭すぎる(オーラ)は、これから人を殺そうとしている者の殺気(それ)だと肌身で感じ取れる。    足が竦んで一歩も動けない。  かろうじて動かせた手で、僕はポケットからスタンガンを取り出し、握りしめた。  食堂の中に足を踏み入れ、一歩、また一歩とゆっくりと距離を詰めながら、犯人がサングラスを外す。穴の開いた天井から射し込む西日が、彼の半身を照らしていた。  ――――な、ぜ……………………。      驚きすぎて、声を出せなかった。  そこに現れたのは、よく見知った、切れ長の眼差しだった。  

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