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真相(6)
鈍器で頭を殴られたような衝撃が全身を貫く。
ぐわん、と耳から頭にかけて振動が響き、視界が揺れ、足元がふらつく。けれど痛みはなく、それは一度目の人生の記憶だと遅れて理解した。
なぜ、ここに三間がいる――!?
死に戻ったあとの二年間の記憶が完全に吹っ飛び、あの日、非常階段で振り返ったときのあの瞬間に、自分が舞い戻ったように錯覚した。
向けられる強すぎる負のオーラに、何故? という言葉しか浮かんでこない。
「動くな!」
怒声とも言える鋭い声が、大気を震わせる。
でもそのお陰で、身体をその場に縛り付けていた重圧にわずかなひずみが生じ、硬直していた体が動きだす。
一歩、また一歩。詰められた距離を後ずさる。
「……こ、ないで…………」
震える声を、必死に絞り出す。
わからない。
わからない。
どうして、これほど強い殺意を、三間から向けられるのか。
記事が原因? ――いや、ちがう。
そのあと電話で話したときは、穏やかな声だった。「あの記事は、俺にとっては痛くもかゆくもない」とも言っていた。嘘には聞こえなかった。
だとしたら、妊娠に気づかれた?
でも、それは、殺意を向けられるようなことだろうか。
わからない――。
スタンガンが滑り落ち、その手を、お腹にあてた。
激しく混乱していて、何も考えられない。
三間の気持ちも、自分が何故ここにいるのかも、わからない。
混沌とした頭の中で、ただ一つ、何とも混ざることも、傷つくこともなく、自分の中心で光を放つ意識がある。
守らなければ――。
わかるのは、ただそれだけだった。
守らなければ。守りたい。今度こそ。
きっとそのために、死に戻ったのだから。
ぷるぷると首を横に振る。
「……も……二度、と…………会わない、から…………」
涙で視界が滲む。
「……おねがい…………ころさないで…………」
三間の顔が、歪んだように見えた。
「動くな……」
同じ言葉を繰り返し、三間が足を止めた。先ほどより随分と弱々しい、縋るような声だった。
僕は後ずさる。
「なつ――! 頼むから、動くな……」
マスクをしていて、見えるのは目元だけ。
その目元が、泣きそうに歪む。
何故、そんな顔――……?
殺気と表情の解離に違和感を感じたとき。
背中が何かにぶつかり、首筋にひやりとしたものが触れた。
「まったく……アルファの圧ってのは半端じゃねぇな。本気で体が動かねぇかと思ったぞ」
耳元で声がする。聞き覚えがあった。
これは昨日聞いた、刑事の声――。
「絞殺でって頼まれてるんだから、刃傷沙汰は困るんだけどな」
言われて、首に触れているものがナイフだと気が付いた。
何故、刑事が僕の首にナイフを突きつけているのか。
もしかして、刑事だというのは嘘だったのか。
だとしたら、専務はそのことを知っているのか。
わからなすぎて、発狂しそうになる。
2メートルほどの距離に立つ男と目が合った。
放たれる圧 は、変わらず殺伐としている。ただ、それが僕に向けられたものでないことは、今はその目を見ればわかった。
「大丈夫だから落ち着け」と言外に言われている。
「こいつを殺して逃げたところで、アルファに捕まるに決まってます。一人じゃ無理っす。だいたい、アルファがこんな早く来るなんて聞いてませんよ」
男はマイク付きのイヤホンをつけているのか、誰かと会話している様子だった。
そして、入り口に、また一人、人影が現れた。
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