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真相(7)

 三間とほとんど変わらぬほどにスラリと背が高く、それより少し細身のスーツ姿――。  月城専務だった。 「せんむ……」  背後の男の言葉に呼応するように現れたその人が、僕を心配して来てくれたわけではないことは、さすがにわかる。   ただ、カスカスの声が漏らした言葉も、目の前の光景も、なんだか現実感のない、遠い世界の出来事のように思えた。  信じていた、と言えるほどの強い信頼があったわけじゃない。でも、今思うと不思議なほどに、専務を疑ったことはなかった。  人生で一番困っていたときに、手を差し伸べてくれた人だから。いつも纏う空気が穏やかだったから。  その無意識の『除外』が誤りだったことを、今になってようやく悟った。  三間のものとは異なる冷ややかなアルファのオーラに、全身がぞっと総毛立つ。  微笑を浮かべながら人を殺すような無感情の殺気には、覚えがあった。あのときの。あの非常階段の踊り場で、向けられたもの。あれは、まさしくこれだった――…………。 「私は今日ここには、所属タレントの現場視察に来ているだけだから。気軽に呼ばれても困るんだがね」  普段と変わらぬ穏やかな口調。だからこその不気味さを感じる。 「そう言っても、俺が捕まって困るのはあんたでしょ」 「別に困りはしないよ。お前だって知ってるだろう? 私が警察に融通がきくって。お前のような人間は留置場にいる時点でどうとでもできる」  専務は話しながら胸ポケットから小瓶のようなものとハンカチを取り出し、中の液体をハンカチに垂らし始めた。 「それ、融通ってレベルの話じゃないでしょ」  耳元で愉快そうな笑い声がする。  どこに笑う要素があるのかわからない。  背後の男も、昨日のうだつの上がらない印象から一転して、頭のねじの1本や2本外れているように思えた。刑事という話が嘘なら、きっと警察手帳に書いてあった吉川という名前も偽名に違いない。  専務は三間の背後に立った。  ハンカチを手にしたまま、彼のマスクを外す。  三間の片方の頬には、青紫に変色した痣があった。おそらく、一昨日、階段から突き落とされたときにぶつけたものだろう。 「君が抵抗したら、あれは死ぬ。抵抗しなくても、死ぬ。どちらにしても、彼が死んで、君が犯人にされる未来は変わらない。賢い君なら、どうすべきかわかるね? 大丈夫。君には生きていてもらったほうが使い道があるからね。しばらく眠ってもらうだけだ」  確かに、僕が殺される未来は、きっともう変えられない。でも、三間だけなら、まだ間に合う。 「三間さん、逃げて! ここにいなかったら、濡れ衣を着せられない!」 「大声出すなよ。人が来るかもしれないだろ」  男に口を塞がれた。  首に当てられていたナイフの刃が、ペチペチと皮膚を叩く。 「もう遅い。仕事でもないのに三間君が撮影所に現れたことは、誰かが目撃しているだろう。ここと違って向こうには、監視カメラもある。何より、君を殺す動機のある人間は、三間君しかいない。今さら殺害現場から逃げ去ったところで、逆に疑いが強くなるくらいのものだ」  専務は三間の口と鼻をハンカチで塞いだ。 「しかし、ここまで無抵抗なのも予想外だな。まさかそのオメガに、情でも沸いたのか?」  三間はしばらくの間、息を止めていたのか微動だにしなかったが、やがて苦しそうに胸を喘がせはじめた。 「あれだけ選りすぐりのオメガのヒートトラップに見向きもしなかったことは、感心していたんだがね。まさかこんなベータもどきに引っかかるなんて。佑美さんに対して、あまりにも失礼だろう? やはり君のような男は、彼女にはふさわしくない」  三間が専務にもたれかかるようにして脱力し、どさりとその場に崩れ落ちた。  意識を失くした後もしばらくは、専務からハンカチを当てられていた。

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