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真相(16)
三間のマンションから車で10分くらい。風光明媚な日本庭園で知られるその老舗ホテルは、外国人の富裕層に人気のホテルとして名高いが、芸能人の記者会見の会場としてはあまり耳にしたことがない。
エントランスに車を停めると、制服を着たホテルの従業員がすぐに寄って来て、ドアを開けてくれた。ホテル側で車を駐車場に移動させてくれるシステムのようだ。
ドアマンはマスクとサングラスをしていても三間だとすぐに気づいたようで、慇懃に挨拶をし、中へ案内してくれた。
控室には中央のソファに三人が座っていて、僕たちの姿を見るなり、皆一様に安堵の表情を浮かべた。
佑美さんと、その隣にいる佑美さんの母親くらいの女性は、彼女のマネージャーだ。それにもう一人。スーツを着た男性は会ったことはないが、ホームページで写真を見たことがあったため、すぐに誰かわかった。三間の事務所であるアプローズの片桐社長だ。
華やかさはないが、底の深い柔らかな二重の目元からは思慮深さが窺え、鼻筋もすっと通っていて、穏やかで理知的な容貌をしている。
「君が夏希君か。会うのは初めてだね。悪いが挨拶は後だ。――晴。着替えとメイクを用意しているから、お前はさっさと行ってこい」
僕に向けた人当たりのいい微笑から表情を一変させ、社長は三間のマスクを強引に引き下ろした。
「ぶつけた痕はどうにか……ファンデーションで誤魔化せそうだな。よし。マスクなしで行くぞ」
「いや、別にこのままでいいっす」
「何がこのままでいい、だ! そんな泥だらけの恰好でカメラの前に出せるか!」
社長を前にすると、三間は途端に幼く見えた。
確かに、半焼した屋外セットで倒れこんだり、犯人と揉み合ったりしたため、明るいところでよく見ると、着ているものは土埃や煤で汚れていた。かく言う僕も似たようなものだろうけど。
部屋の隅、パーテーションから顔を覗かせたメイクさんが軽く手を振り、三間は些か不貞腐れた顔でそちらに向かう。
取り残された僕は、いったいどうしたものかと立ち尽くすしかない。この部屋の中で、完全に僕一人が部外者だ。
「夏希君、大変な目に遭ったみたいね……」
佑美さんがソファから腰を上げ、痛ましそうに柳眉を寄せた。
「あ、はい。三間さんのお陰で……事なきを得まして……。なんか、その流れで、すみません。僕までこんなところに来てしまって……」
そもそも、僕が一緒に来ることを、三間はちゃんと彼女に言っていたのだろうか……。
なんとなく勢いに流されてついてきてしまったけど、よくよく考えたら、週刊誌的には僕は三間の浮気相手のはずで、そんな人間を結婚発表の記者会見の会場に連れて来るって、何を考えているんだって話だ。
「私のほうこそ、本当にごめんなさい。晴が何も言わないものだから……。ちゃんと言ってくれていたら、もっと早くに……」
「おい!」
佑美さんの話を遮るように、パーテーションの奥から怒声が飛んでくる。
「会見までは何も言うなつっただろ!」
「何よ! 元はと言えば、あなたが大事なことを何にも言わないからじゃない!」
「お前に言われたくねー」
――え? 何だろう、これは。早くも夫婦喧嘩を見せられているのか?
地味にしんどいんだけど。
そんなことを考え、作り笑いを顔に張り付かせていたら。
「ごめんね。この二人は近くにいるといっつもこうなんだ。撮影の間はスタッフを心配させないように和気藹々としていたみたいだから、反動で余計に歯に衣着せなくなって」
片桐社長と佑美さんのマネージャーは、若い殿と姫を見守る側仕えと乳母の雰囲気を醸し出し、いつのまにかソファに戻ってお茶を啜っている。
「柿谷君も、とりあえずお茶でも飲んで待っていて」
社長の温厚実直な雰囲気に引き寄せられ、僕は居心地の悪さを感じつつもソファに腰を下ろした。
「夏希君、これから大変だと思うけど、困ったことがあったら遠慮なく何でも相談してね」
斜向かいの佑美さんは、何故か憐みの眼差しを僕に向けて来る。僕が役者を辞めて生きていくつもりであることを、察しているのだろうか……。
ひとまず挨拶をしていると、ノックの音がし、ホテルのスタッフが顔を出して、「そろそろ時間です」と声をかけてきた。
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