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真相(19)
壇上では、佑美さんへの質問が一段落し、質問の矛先は三間へと向いていた。
「三間さんは、中島さんとの仲が報じられてきたこの3年の間、ほかに特定のお相手はいらっしゃらなかったんですか?」
「今、気になる方は、いらっしゃるんですか?」
考えていたことと同じ質問が耳に届き、ドクンと心臓が跳ねた。鼓動が高鳴り、期待が一気に膨らみ始める。
「実は、僕にも、ずっと気になっていた方がいました。今は誰よりも、何よりも、その人のことを一番に考えたいと思っています。それもあって、二人にさっさとくっついてもらいました」
期待が、もしかして、という思いが、最高潮に達する。やがてそれは――……。
「その方とはいつお会いになったのですか?」
そうですね……、と三間が一瞬考え込む。
「最初に出会ってからは、3年と4カ月くらいになります」
自分の中の、極限まで膨張した期待が、しゃぼん玉が弾けるように、ぱちんと音を立てて粉々に舞い散るのがわかった。
3年と、4カ月――……。
今回の人生で、彼と再会してからの時間とはもちろん違うし、もしかして……と期待した、一度目の人生の分と合算しても、3年には届かない。
急に、首に纏わりつく金属の、圧迫感を思い出した。
――そうだ。
もし、彼も一緒に時間を巻き戻っていたのなら、僕がオメガだったことを知っている。オメガなら僕に食事作りを頼まなかっただろうし、自分でも、「オメガなら頼まなかった」と言っていた。
そもそも、時間を巻き戻るなんて奇跡が、そんなに誰も彼もに都合よく起こるはずがない。
「念のため」用意していたこのチョーカーも、きっと、「その人」のために以前から用意していたものだろう。
それに、今日一日で色んな事がありすぎたせいで、一度目の人生が本当に現実のことだったのかも、自信を失いかけていた。
もしかしたら僕には、時間を戻る才能ではなく、予知夢の才能があっただけかもしれない。
「3年4カ月ですか? その間、一度も、その方とお付き合いしようとは思わなかったのですか?」
「その人とは……、つい最近までは、どちらかというと戦友という感じで、その人がいたから僕も頑張れたんですけど……。その人と一緒に幸せになりたい、という気持ちは、ずっと以前からあったように思います」
壇上では、三間への質問が続いていて、彼が、今まで聞いたことのない、晴れ晴れとした声で質問に答えている。
彼が話すほど、彼の言う「その人」は僕から遠ざかっていく。
……あ……、これ、駄目かも…………。
絶対に見せないと心に決めていたものが込み上げてくる気配を察し、僕は慌てて、手を首の後ろにやった。
留め具を外してチョーカーを取り、片桐社長に差し出す。
「片桐社長。すみませんけど、これを三間さんに返しておいてくれませんか? 僕、ちょっとやらないといけないことがあったのを思い出したので、お先に失礼します」
「え?」
戸惑う社長の手に、チョーカーを押し付けた。
「僕……。しばらく芸能界から離れるつもりですけど、いつか必ず……。10年とか20年とか、もっとかかるかもしれないけど……。必ず、俳優として戻ってきます。エキストラとかでも、また三間さんと共演できる日を楽しみにしてます……、って三間さんに伝えてください。片桐社長にも、色々お世話になりました」
社長の目は見られなかったけど、早口でそれだけ伝えて軽く頭を下げる。
切羽詰まった状況で、混沌とした感情からちゃんと本心を拾い出せたことは、自分で自分を褒めてもいいのかもしれない。
いつか必ず、俳優として戻って来る。
エキストラでもいいから、三間と共演する。きっとその頃にはもう、僕の顔も名前も忘れられているだろうけど。
その夢は、今の僕には、あの暗闇の中で見たわずかな光のように思える。
「ちょ、ちょっと待って、柿谷君!」
踵を返した瞬間、水の膜が張り、ぶわりと視界が歪んだ。
歯を食いしばっていて、追ってくる声には答えられない。
近くのドアから広間を出ると、足早にエレベーターホールに向かう。
歩きながら何度目を擦っても、次々に涙が溢れて来た。
佑美さんとの結婚発表を見届けるつもりで来ていたから、とっくに覚悟はできていたはずなのに。
何故、こんなに涙が止まらないのか、自分でも不思議だった。
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