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真相(22)

「俺が部屋を取ったのは、お前と、未来(さき)の話をしたかったからなんだが……」  ソファに移動し、並んで腰を落ち着けてからも、三間は一度目の人生について、すぐには話そうとはしなかった。 「でも……、時間が巻き戻るなんて奇跡、普通はありえないじゃないですか。それなのに、僕と晴さんにだけ起こるなんて、どう考えてもおかしいです。理由がわからないことには、自分が今、本当に現実の世界を生きているのか、ずっと自信がもてない気がします。それに、今後、何か辛いことがあったときに、死んだらまた時間を戻せるかもと安易に考えてしまうかもしれません……」  三間は僕の目をじっと見て、しばらく考え込んでいたが。 「かなり……重い話になる。聞いたら、一生引きずるような話だ」  膝の間で組んだ手に視線を落とし、そう吐露した。 「それなら、尚のこと知りたいです。重荷も、二人で背負えば、多少は軽くなるかもしれないじゃないですか」  三間はしばらく黙りこんでいたが、迷いを振るい落とすように深く息を吐き、顔を上げた。 「お前は……、巻き戻る前のことは、どこまで覚えているんだ?」  なぜ時間が巻き戻ったのかは知りたいけど、あの瞬間のことは、できれば思い出したくはない。  思わず視線を揺らす。 「僕は……、あのテレビ局の非常階段に呼び出されて……、後ろのドアが開いたと思ったら、振り返る暇もなく、すごい力で突き落とされたんです。落ちる瞬間に見た犯人は背の高い人で帽子とマスクとサングラスをしていて……、おそらく専務でした。頭を強く打って、そこから先は記憶がありません」  指先が震えそうになり、膝の上でぎゅっと手を握りしめる。その拳を、三間の大きな掌にそっと包まれた。 「その後のことは、覚えていないか?」 「その後のこと……?」 「起きたら、時間が戻っていたのか?」 「いえ。その前に……、真っ暗闇の中を歩きました。多分、子供……、赤ちゃんくらいの小っちゃな手が、指を引いてくれて……。そうしたら、遠くに光が見えてきて……。『あとはママが一人で行って』って……。そうだ……。あのとき確か……、『パパは、今から迎えに行く』って…………」  僕の拳を包んでいた三間の手が、どこか冷たくなったように感じた。  僕はその手をひっくり返して、互いの膝の間で、指と指を絡めて繋いだ。  喋るタイミングを計るように、三間が口を開きかけては閉じる。  そんな彼を見るのは初めてで、一度目の人生の記憶が、彼にとってもかなり辛いものだと察した。 「なつ……。お前は、階段から突き落とされたその日に、亡くなったわけじゃないんだ。お前は……。お腹の子とともに……。その後、半年、生きたんだ……」  思わず息を吸い込んだ拍子に、「ヒュッ」と小さな音が喉から漏れた。  三間の話によると、階段から落ちた僕は、脳出血で植物状態になったらしい。咄嗟に頭ではなくお腹をかばってしまったため、頭を強くぶつけた。頭をかばっていたら頭は無事だったかもしれないと、医者が言っていたそうだ。  僕には全く記憶にないことなので、まるで知らない人の話を聞いている気分だが、話している三間のほうが、顔が青褪め、辛そうだった。 「何故、そんな話を晴さんが知っているんですか? てっきり、晴さんは、一度目の人生では犯人扱いされて、刑務所に入れられたんじゃないかと思っていました」 「犯人扱いはされた。マネージャーに言われて待ち合わせ場所に行ったら、お前が階段の下に倒れていて、とりあえず救急車を呼んだ。その後、マネージャーが、俺が非常階段に出て行った直後、『人が言い争ってる声がし、何か重いものが落下した音がした』と警察で証言したから、俺が逮捕されたんだ。警察の中にも月城に買収されている人間が何人かいるみたいで、事実を説明しても、取りあってもらえなかった……」 「何故、そんなマネージャーを今回も担当にしていたんですか?」  一度目と二度目で、僕はマネージャーが替わったが、三間は同じ人だ。 「敵か味方かわかんない奴よりも、月城の犬とわかってるやつのほうが警戒できるだろ」  そういうものだろうか……。僕には絶対に怖くて無理だ。 「――で、俺はマネージャーの証言を元に起訴されたが、結局、起訴後しばらくして、マネージャーが行方不明になったんだ。おそらくは……。調子に乗って、金を無心しすぎて、月城に消されたんだろうな。犯人らしき人間の防犯カメラの映像も、俺だと断定できるものではなかったから、証拠はマネージャーの証言だけだった。俺の逮捕はしばらくはワイドショーで騒がれたから、親父は総裁選への出馬は辞退したが、検察に働きかけてくれて、最終的に俺の起訴は取り下げられた」  繋がれた手に、ぎゅっと力が入る。  陰鬱な声からは、起訴が取り下げられてよかった、という安堵は微塵も感じられなかった。 「拘置所を出た後も、俺はお前に会いに行くつもりはなかったんだ。俺が拘置所に入っている間に佑美は月城専務の(つがい)になっていて、婚約も決まっていた。アプローズは売れていたタレントのほとんどが月城プロダクションに引き抜かれていて、残っている若手を食べさせていくために、月城プロダクションから融資を受けていた。片桐社長の話では……。社長の与り知らぬところで、佑美が、アプローズへの融資を月城専務に頼みに行っていたそうだ。その食事の席で、おそらく発情促進剤を盛られて、(つがい)にさせられたと言っていた……。その話を聞いて、もしかしたらお前の発情期(ヒート)も、専務に仕組まれたものじゃないかって、ようやく気づいたんだ。もしかしたら、階段から突き落とされたのも、俺を陥れるためにお前が犠牲になったのかもしれないと考えたら、どうにもやりきれなくてな。しばらくの間、社長の家で鬱々とした日々を過ごしていたんだ……。そんなとき、社長が、警察から引き取ったというお前の荷物を出してきてな……」 「僕の荷物ですか?」 「あぁ。捜査のために警察が持っていった証拠品が返却されたんだが、お前のおじさんが受け取りを拒否しているからって、社長のところに連絡があったらしい。母子手帳なんかが入っていたから……。世間的には俺が父親ってことになってるから、どうしますかって訊いてきたみたいだ」 「捨ててもらって、よかったですけど」  三間が父親だとしてもそれは陰謀によるものだし、今更ながらに警察の対応を苦々しく思う。 「役作りのノートとかもあってな。『小悪魔オメガになる方法』とか書いてあるページもあって、笑った」 「え? ちょっと見たんですか!? そういうのは見ちゃ駄目なやつってわかるでしょ!」  三間に食ってかかろうとした僕は。  彼の目に光るものを見て、さりげなく視線を逸らせた。 「役作りのことだけじゃなく、バラエティでのタレントのコメントなんかもメモしてあって、頑張ってたんだなぁって思った」  声は笑いを含んでいるのに。時折り鼻を啜る音が混じる。  三間が演技以外で泣いているところを、初めて見た。 「それで母子手帳が出てきて……。胎児のエコー写真の裏に、油性ペンで、『君がいるから、僕は一人じゃない』って書いてあるの見て……、俺……、あのとき、多分……、一生分泣いたんだ…………」  そのときのことを思い出したのか、三間は肩を震わせはじめた。

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