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真相(23)

 一度目の人生のとき、医者から胎児のエコーの写真を見せられて、不安は大きかったけど、でも、最初に思ったのがそれだった。  この子がいれば、僕は一人じゃない。  だから、産院から帰って来てすぐに、その文字を書いた。  それでも、今回ほど「この子と生きていく」という強い意志があったわけじゃない。頼れる人のいない、どうしてよいのかわからない状況で、現実逃避するかのような心境で書いた文字だった。  ジャケットの袖で目元を拭い、三間が話を続ける。 「気づいていたと思うが……、俺は……、高校生の頃から、佑美のことが好きだった。でも、その頃から(ちゅう)さん……、忠さんは社長のことだけど……、忠さんと佑美は付き合っていて、俺は忠さんのことも好きだったし、二人といるのが楽しかったから、佑美のことは諦めていたんだ。でも、どうしても、誰かを抱く時は、佑美と重ねてしまっていた……」  一度目の人生のとき、僕を抱きながら彼女の名前を呼ばれたことを思い出し、繋いでいた手の力がゆるむ。その手を、ぎゅっと握り返された。 「そういう後ろめたさもあったし、普段のお前は俺に興味がなさそうだったから、ヒート事故のことはお互いになかったことにした方がいいんだろうと思って、その後、連絡を取ることもしなかった。一度目の人生であの記事が出たとき……、マネージャーから、お前が『売名のためにハニートラップを仕掛けたのかも』と言われた。俺に誘われて強引にホテルに連れて行かれたとお前が言い訳すれば、お前には同情票が集まる。そういう目で見れば、俺がお前を支えていたあの写真も、無理やり連れ込んでいるように見えてしまうからな」 「そんなこと……」  考えたこともありません――と言おうとしたところを、三間に、「わかっている」と視線で制される。 「お前に呼び出されて、俺に会いに行かせるための策略だったと、逮捕された後で気が付いた。夏希が植物状態で、お腹の子も生きているということは、拘置所にいたときから検察に聞いて知っていたんだが……。それまでのお前に対する態度や、マネージャーの言葉を鵜呑みにしたこととか、もしかしたら俺の所為で犠牲になったかもしれないとか……、そういうのをひっくるめると、罪悪感で押し潰されそうで……、お前に会わせる顔がなかったんだ……。でも、そのエコー写真の文字を見て、お前に会いに行こうと決めた。それからは、仕事も、少しずつ受けるようになったんだ」 「僕は……会いに来てほしくなかったですけどね」  不貞腐れた声で言う。  だって、意識のない植物状態だなんて、きっと、今以上に痩せて色んなチューブも繋がっていて、見るに堪えない状態だ。そんな姿を三間に見られたくはなかった。 「そんなこと言うな」  ははっ、と小さく苦笑し、三間は顔を寄せてきて、僕のこめかみにキスをした。 「……それでも……、大切なものを失くしすぎた俺にとっては、お前たちが希望だったんだ……」  僕の一番近い身内である叔父は、電話や郵送によるやり取りには応じるが、見舞いに来ることはなく、治療についても病院任せだったらしい。入院費は保険と高額医療の制度で賄われていた。  僕の場合の一番の問題点は、妊娠を継続させるかどうかだった。元々が健康なので、妊娠により著しく悪影響を受けているわけではないが、週数が進めば、徐々に影響が大きくなってくる。中絶可能な週数までに中絶させたほうがいいのではないかという議論が医療者の間でかわされたが、未婚で、一番の近親者の叔父も病院に来ない状況では、病院の判断だけでそれを決めることはできなかったそうだ。  そのまま妊娠が継続されれば、母体の生命力が尽きて母子ともに命を落とす可能性が高い。病院の倫理委員会で議論されて、妊娠22週を越えたところで、母体が手術に耐えうる全身状態なら、帝王切開で出産させるのが妥当じゃないかという結論に至った。 「22週ですか?」 「妊娠22週が医学的に生存可能な最低ラインらしい。妊娠24週以降で、正常な成長発達の見込みが大幅に高まるそうだ。見舞いに行ったとき、ベッドサイドで医者が説明してくれていた話が、ちゃんとお前にも聞こえていたんだと思う。お前は……、なつは……、24週まで、なんとか頑張ったんだ……。それで帝王切開で子供が生まれた一週間後に……、」  三間がふたたび声を詰まらせる。  僕の目にも、熱いものが込み上げてきた。  あの子が……、エコーの写真では卵みたいだったあの子が……、この世に生まれていたなんて……。 「なつは……、一度目の人生でも、ちゃんとあの子を守れていたんだ……」  湿った声で、けれど、力強く、三間が言う。  思わず、えへへ、と照れ笑いする。その間も、涙はひっきりなしに、瞼に込み上げては落ちていった。  未婚の場合でも、出生前に認知の申し立てができ、家庭裁判所が認めれば出生後の子の認知が可能になるらしい。僕との結婚も検討したそうだが、本人の意識がない状態では、法律上、それはできなかった。そのため、三間は生まれてきた子を認知し、父親になってくれた。   「名前も、つけてくれたんですか?」 「男の子だったけど、希望と書いて、『のぞみ』にした。……医者には、平均的な成長発達は難しいし、長生きもできないかもしれないと言われていた。その子は俺にとっても生きる希望だったし、例え短い人生でも、何か一つでも、その子の望みが叶えばいいと思って、その名前にしたんだ……」

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