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第7話『諦め切れない《静 side》』
◇◆◇◆
────僕と八神律子の出会いは、とある会合のとき。
双方組長の名代として参加しており、目的も同じ。
本来、こういうのは兄上の仕事なんだけど……タイミング的に僕しか、無理だったんだよね。
でも、
「八神組もこの男を追っていたなら、来なくて良かったかもしれないなぁ」
隣に立つ八神律子を見やり、僕は小さく肩を竦めた。
すると、彼女は息絶えたターゲットの男を一瞥し、拳銃を仕舞う。
「それはこちらのセリフですわ。まさか、桐生組の縄張りまで荒らしていたとは思いませんでした」
『命知らずにも程があります』と呆れ、八神律子は一つ息を吐く。
やれやれとと言わんばかりに|頭《かぶり》を振る彼女の前で、僕は苦笑を漏らした。
「まあ、西と東それぞれのトップの縄張りで何の許可もなく薬を売るアホなんて、そうそう居ないからね」
畳の上に落ちた銃弾を回収しつつ、僕は証拠隠滅を図る。
本格的に犯人探しでもされたら、面倒なので。
「それにしても、この男かなりの逃げ上手だったね。全く居所が掴めなくて、苦労したよ。おかげで、人目のある場所で処分する羽目になったし」
今回の会合に参加する情報を得て、『ここしかない』と犯行に及んだことを思い出し、僕は苦笑する。
出来れば、生死も分からぬ状態でこっそり消したかったから。
『行方不明者扱いの方が、何かと都合がいいんだよね』と考える中、八神律子は横髪を手で払う。
「十中八九、この男を匿っていた勢力が居るでしょうね」
「僕も同じ結論だ。だから────今回はウチと手を組まない?」
『どうせ、目的は同じなんだし』と言い、僕は手を差し出した。
『そちらにとっても、悪い話ではない筈』と思案していると、八神律子は少し悩むような素振りを見せる。
が、デメリットよりメリットの方が大きいと判断したのか、すんなり僕の手を取った。
「分かりました。協力しましょう」
────と、返事を貰った一ヶ月後。
僕達は見事黒幕を突き止め、血祭りに上げることに成功。
なので、協力関係はこれでおしまい。
本来であれば、喜ぶべきことなんだろうけど……寂しいと思っている自分が、居る。
それはきっと────この女に惚れてしまったから。
真面目で臆病で傲慢で泣き虫な八神律子を前に、僕はフッと笑みを漏らした。
自分にもこんな人間らしい感情があったのか、と驚いて。
『人生、何が起こるか分からないね』と思いつつ、僕は向かい側の席に座る八神律子を見据えた。
「ねぇ、僕の恋人になってくれない?君のこと、本気で好きになってしまったんだ」
打ち上げを兼ねて訪れたレストランで、僕は告白を口にした。
今日を逃したら、もう会えない気がしたから。
『少なくとも、二人きりで顔を合わせるのは無理だろうな』と確信する中、八神律子は
「はっ……?」
こちらを凝視して、固まった。
動揺のあまり目を白黒させる彼女は、危うくカトラリーを落としそうになる。
が、|既《すんで》のところで何とか耐えた。
「えっ、と……悪ふざけ、ではないんですよね?」
「もちろん。八神組の娘さん相手にこんな冗談、言わないよ」
「そ、そうですよね……」
『失礼しました』と謝罪しつつ、八神律子は口元に手を当てる。
まるで、赤くなった頬を隠すように。
おっと、これは……脈アリと見て、いいのかな?
ついつい期待に胸を膨らませてしまう僕は、緩む頬を押さえられなかった。
愚かにも両想いを望む僕の前で、八神律子はそろそろと顔を上げる。
「あ、の……」
控えめに声を掛け、八神律子はじっとこちらの目を見つめ返した。
「わ、私で良ければ……是非」
────この一言で、僕達の関係はただの協力者から恋人に変化。
互いの立場もあるため、そうそう頻繁に会える訳じゃなかったが、二年ほどは順調に交際を重ねた。
そして、桜の満開となる季節にプロポーズ。
律子から無事にいい返事をもらえたため、あとは両家へ挨拶のみとなった。
ウチは基本放任だから、恐らく二つ返事で了承してくれる筈。
なので、まずは八神組の方に話を────。
と思い立ち、僕は律子に顔合わせの場をセッティングしてもらった。
とある旅館のお座敷で八神組の組長と向かい合う僕は、しゃんと背筋を伸ばす。
失礼のないように、と自分に言い聞かせながら。
「本日はお忙しいところお時間を作っていただき、ありがとうございます。僕は……」
「御託はいい。本題に入れ」
律子の父親である八神|哲彦《てつひこ》は、ヒラヒラと手を振ってこちらの話を遮る。
『儂はそこまで暇じゃないんだ』と示す彼を前に、僕は座布団の上から降りた。
「分かりました。では、単刀直入に申し上げます」
そう前置きしてから、僕は畳の上へ手を突いた。
「────八神律子さんとの結婚を認めてください」
深々と頭を下げて頼み込み、僕はただじっと返事を待つ。
本当はもっと色々言いたいことがあったものの、無駄話を嫌う八神哲彦の性格を考えるとこうするのが一番だった。
『現に自己紹介すら、させてもらえなかったし』と思案する中、彼はおもむろに立ち上がる。
「それは無理な話だな」
「えっ……?」
一も二もない拒絶に、僕は思わず目を見開いた。
別に快諾されるとは思ってなかったものの、数分の葛藤も逡巡もなく門前払いされるとは考えてなかったため。
『一体、僕の何がダメなんだ?』と困惑していると、八神哲彦は扉に足を向ける。
「用件はそれだけか?なら、儂はもう帰るぞ」
「お、お待ちください……!せめて、結婚に反対した理由だけでも教えていただけませんか!」
さすがにこのまま引き下がる訳にはいかず、そう懇願した。
すると、八神哲彦は面倒臭そうに溜め息を漏らし、こちらに視線を寄越す。
「単純にメリットがないからだ。桐生組と縁者になれるのは確かに魅力的だが、跡取りでもない次男ではな」
やれやれと言わんばかりに|頭《かぶり》を振り、八神哲彦は律子の方を見る。
「こいつは気立てのいい女だし、顔も悪くない。他にもっといい男が居る筈だ」
『お前には、勿体ない』と言外に吐き捨て、八神哲彦は今度こそ部屋を出ていった。
パタンと閉まる扉を前に、僕と律子はただ下を向く。
互いに何も言わず、動かず、考えず……どうしようもない現実から、目を逸らした。
────が、いつまでもそうしている訳にはいかないため、ゆっくりと顔を上げる。
「……駆け落ちでもしようか」
『安いメロドラマの見すぎだ』と言われそうな提案をして、僕はゆっくりと立ち上がった。
まだ好きな人と結ばれる幻想を捨て切れない僕に対し、律子は
「無茶よ。何を言っているの……」
と、現実を突きつける。
目にいっぱいの涙を溜めながら。
「ただの一般人同士ならともかく、私達は極道……あらゆるところから恨みを買い、常に命を狙われている立場なのよ。|実家《組》という後ろ盾がなければ、身の安全は確保出来ないわ……駆け落ちして、困るのは確実に私達の方」
『最悪、二人とも死ぬわ』と言い、律子は手で顔を覆い隠した。
僅かに肩を震わせて泣く彼女の前で、僕は口を噤む。
『大丈夫』なんて何の根拠もないことも、『きっと、何とかなるよ』なんて気休めにもならないことも言えなくて。
八神組の組長に結婚を反対された時点で、この関係はもう終わり……律子を諦めないといけない。
そう分かっているのに────
グッと強く手を握り締め、僕は律子の元へ足を運んだ。
と同時に、泣きじゃくる彼女を抱き締める。
「────僕はまだ君を諦め切れない」
「!」
ハッとしたようにこちらを向き、律子は大きく瞳を揺らした。
かと思えば、必死に僕へ縋り付いてくる。
「私だって……私だって!静と歩む未来を諦めたくないわ!でも、現実問題お父様に認められないと結婚は……」
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