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第9話『下克上《惇 side》』

◇◆◇◆  ────時は少し遡り、彰が本邸を出た直後のこと。 俺は拳銃片手に建物の|縁側《えんがわ》を歩き、父の居る部屋を目指す。 選りすぐりの精鋭達を率いて。  他の連中には、外を見張らせている。今日、本邸の警備を担っているのは俺派閥の人間だけだから。 内部に人員を割く必要が、あんまりないんだ。 唯一の懸念材料があるとすれば──── 「────早瀬か」  いつもヘラヘラしていていけ好かない男を思い浮かべ、俺はチッと舌打ちする。 あいつの顔と共に、連敗した記憶も蘇ってしまって。  ぶっちゃけ早瀬のことは気に食わないが、腕は確かだ。 横槍を入れられたら、堪らない……が、あいつは先程の襲撃で多少なりとも疲弊している筈。 多分、こちらの騒ぎに気づいても何かしてくることはないだろう。 今回の目的は彰じゃなくて、親父だし。  『庇う道理もなければ、助ける必要もない』と考え、俺はふと足を止める。 この角を曲がった先にある、父の部屋を見据えて。 『いよいよ、本番だ』と気を引き締める俺は、顔だけ後ろに向けた。 「お前ら、準備はいいな?」  声のトーンを落として問い掛けると、ウチの精鋭達は神妙な面持ちで頷く。 さすがにかなり緊張しているみたいだが、全員覚悟の決まった目をしていた。 『いつでも、行けます』と態度で示す彼らを前に、俺は視線を前へ戻す。 「じゃあ、行くぞ」  その言葉を合図に、俺は廊下の角を曲がった。 と同時に、後ろへ吹き飛ばされる。 『えっ……?』と思った時には、もう遅く……背後に居た奴らも巻き込んで、派手に転倒した。 「な、んだ……?何が起きた……?」  目を白黒させながらゆっくりと身を起こし、俺は辺りを見回す。 すると、見覚えのある白髪が目に入った。 と同時に、眼前へ日本刀を突きつけられる。 「は〜い、そこまで〜」  俺達の前に立ちはだかり、ニコニコと笑うのは間違いなく早瀬だった。 「な、何でお前がここに……」  てっきり彰の部屋で留守番しているものかと思っていたため、俺は動揺を示す。 『たまたま、居合わせただけか?それとも……』と頭を悩ませる中、早瀬は 「若くんの指示だよ〜」  と、明かした。 堪らず『なんだと!?』と声を荒らげる俺の前で、彼はチラリと後ろを振り返る。 「サングラスくん達、|組長《お義父さん》を殺しに来たんでしょ〜?────組のトップとなるために」 「!?」  まさかこちらの計画が知られているとは思わず、ハッと息を呑んで固まった。 衝撃のあまり声も出せずにいると、早瀬はこう言葉を続ける。 「こういうの下克上って、言うんだっけ?まあ、とにかく僕はそれを阻止するよう言われているんだ〜」  『だから、ここは通さない』と主張し、早瀬はこちらを見下ろす。 と同時に、プッと吹き出した。 「何その間抜け面〜。もしかして、僕達に一切バレてないとでも思っていたの〜?だとしたら、脳内お花畑だね〜」  『あの若くんを出し抜ける訳ないじゃ〜ん』と呆れ、早瀬は肩を竦める。 これでもかというほど、こちらを小馬鹿にしながら。 「残念だけど、サングラスくん達の計画はわりと最初から気づいていたし、もう全部把握しているよ〜?若くんをお見合いの帰り道でまた襲おうとしていることや、|組長《お義父さん》殺しの罪を僕に擦り付けようとしていることも、ね」 「!!」  本当に計画の細部までバレていることに驚き、俺は言葉を失う。 これまでの努力が、全て水の泡になったような衝撃を受けて。  苦渋の決断として静と手を組み、なりを潜め、着々と準備してきたのに……何なんだ、これは。  目の前が真っ暗になるような感覚を覚えつつ、俺はただ愕然とする。 言い表せぬ絶望感と虚脱感を胸に抱き、ゆらゆらと瞳を揺らした。 怒りなのか悲しみなのか僅かに身を震わせる俺の前で、早瀬はピンッと人差し指を立てる。 「あっ、そうそう。君が後で、|桐生静《金髪くん》に僕を嗾けようとしていることも知っているよ〜。あっちに若くんの暗殺を押し付けたのも、そのためでしょ〜?僕なら、若くん殺しの犯人を絶対に消すと踏んで」  クルリと人差し指を回してこちらに向け、早瀬は小さく笑った。 「まあ、あっちもそれを見越して若くんの殺害現場にサングラスくんへ繋がりそうな証拠を残すつもりだったみたいだけど〜」 「なっ……!?」  俺は反射的に声を上げ、眉間に深い皺を刻み込む。 いつも飄々としているもう一人の弟を思い浮かべながら。 「静の野郎……!俺を裏切るつもりだったのか!」 「いやいや、そこはお互い様でしょ〜。若くんの死を利用して、僕に汚れ仕事を押し付けようとしていたのは同じなんだからさ〜」  『文句を言う権利なんて、ないよ〜』と語り、早瀬はツンッと人差し指で自身の顎を突く。 「大体、サングラスくんも金髪くんも『最後は互いを潰し合うことになる』と分かった上で、一時的に同盟を組んだんじゃないの〜?」  『こうなることは分かっていた筈』と指摘し、早瀬はこちらの反論を完全に封じた。 かと思えば、こちらを指さす。 「まあ、なんにせよ────君達の計画通りにはいかないから、その後のことなんて考えるだけ無駄だよ〜」  『若くんもお義父さんも死なないから〜』と言い切り、早瀬は一歩前へ出た。 その拍子に、日本刀の先端が俺の眉間へ食い込み、出血を引き起こす。 と言っても、極少量だが。 「……そう結論を出すのは、まだ早いだろ」  素手で日本刀を掴み、俺は少しばかり顔を反らす。 眉間に食い込んだ先端を、引き抜くために。 幸い、早瀬は追撃を行ってこなかった。 だからと言って、刀を下ろすこともなかったが。  こっちは全力で、刀を動かそうとしているのに……ビクともしない。なんつー馬鹿力だ。  まるで鉄壁を押しているような感覚に陥りつつ、俺はゆっくりと立ち上がる。 と同時に、日本刀を離した。 ダラダラと流れる自身の血を一瞥し、俺は素早く距離を取る。 そのまま一気に体勢を立て直す中、早瀬は 「ふ〜ん?まだ抵抗するつもりなんだ」  と、冷たく言い放った。 かと思えば、不敵な笑みを浮かべる。 「ふふっ……|良かった〜《・・・・・》。若くんからは『大人しく投降するようなら、危害を加えるな』って、言われていたんだよね〜。でも、それだと面白くないでしょ〜?これまでさんざん、突っかかってきた借りも返せないし〜」  『そんなの不完全燃焼すぎる』と主張し、早瀬は血で濡れた刀の先端にそっと触れた。 と同時に、頬を緩める。 「だから、凄く凄く嬉しい」  僅かに声を弾ませ、早瀬は真っ直ぐにこちらを見据えた。 日本刀を再度、構えながら。 「い〜っぱい、遊ぼうね」

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