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第10話『ゲームオーバー《惇 side》』
「い〜っぱい、遊ぼうね」
指先についた俺の血で壁を彩り、早瀬は心底愉快そうに笑う。
慣れた手つきでスイレンの花を描く彼を前に、俺は精鋭達へ目配せした。
今ここで早瀬を仕留める、と。
かなり無茶だが、そうしないと親父の元へ行けないからな。
一応、『仕切り直す』という選択肢もあるが……今日以上に絶好のチャンスはないので、このまま押し切りたい。
通常時の警備だと、親父側の人間も居て動きづらいため。
少なくとも、確実に手間は増える。
こちら側の人間で固められた今日の警備を思い返しながら、俺は表情を硬くする。
────と、ここで早瀬が何故か剣を鞘へ戻した。
「先手は譲ってあげる。そのくらいのハンデはあげないと、直ぐに終わっちゃうからね」
「この野郎……馬鹿にしやがって」
拳銃を握る手に力を込め、俺は思い切り顔を顰める。
が、こちらのタイミングで戦闘を始められるのは実際とても助かるため、早瀬の提案を跳ね除けることはなかった。
ここで意地を張ったって、どうしようもないから。
『より確実に計画を成功させるためだ』と自分に言い聞かせ、不平不満を呑み込んだ。
「お前ら、俺に合わせて撃て」
背後に控える精鋭達へ向かって声を掛けてから、俺は一つ深呼吸する。
早瀬と戦った時の記憶を手繰り寄せながら。
多分、普通に急所を狙っても当たらない。なら────。
改めて撃ち抜く場所を見定め、俺は引き金へ指を掛けた。
と同時に、発砲する。
ウチの精鋭達もそれに続き、早瀬目掛けて弾丸を放った。
だが、しかし……全弾、早瀬に躱される。
まあ、ここまでは予想通りの展開だな。でも────
「────残念ながら、俺の狙いはあっちだ」
『お前じゃねぇ』と告げ、俺はニヤリと笑った。
その瞬間、白い粉のようなものが早瀬の背後から噴出。
一気にこの場は真っ白に。
「畳み掛けろ!」
今度こそ早瀬の急所に狙いを定め、俺は即座に引き金を引いた。
すると、他の者達も次々と発砲していき、確実に追い討ちを掛けていく。
視界が悪いから射撃精度は多少落ちているだろうが、一・二発は命中している筈。
あっちは白い粉のせいで、パニックに陥っている筈だから。
『早瀬が平静を取り戻すまでが、勝負だな』と思いつつ、俺は新たな弾を|装填《そうてん》する。
そして、目の前の人影に再度銃口を向けると、赤い物体が飛んできた。
反射的に飛び退く俺の前で、ソレは床へ着地する。
ガンッと鈍い音を立てて。
「サングラスくんにしては、頭を使ったね〜。まさか────僕を狙うフリして、|消火器《・・・》を撃ち抜くなんて思わなかったよ〜」
弾の貫通した赤いボトルを足蹴にして、早瀬はヘラリと笑った。
「予想外の出来事だったら、咄嗟に反応出来なかったよ〜。そのせいで、目と鼻と口が大変なことになっちゃうし〜」
やれやれと肩を竦めて『災難だ』とアピールし、早瀬はゆっくりとこちらへ近づく。
足元の消火器を転がしながら。
「痛くて痒くて不味いなんて体験、初めてだよ〜。だから────サングラスくん達にも、お裾分けしてあげるね〜」
『まだ中身は残っているみたいだし』と言い、早瀬は消火器を蹴り飛ばした。
と同時に、抜刀して切断。
「「「!?」」」
先程とは比べ物にもならない量の粉に、俺達は目を白黒させる。
『ヤバい!』と慌てて身構えるものの、時すでに遅し。
目と鼻と口に、とんでもないダメージを受けた。
クソッ……!目が開けられない!鼻も馬鹿になっちまって、効かないし……!それに咳も止まらない!
とにかく腕で顔を覆ってやり過ごそうとする俺は、『これのどこがお裾分けだよ!』と憤る。
『どちらかと言うと、倍返しだろ!』と心の中で文句を言っていると、大きな物音が聞こえた。
それも、複数。
『一体、何が起きているんだ?』と思案する中、ようやく白い粉は収まる。
なので、恐る恐る目を開けてみた。
「はっ……?」
眼前に突きつけられた早瀬の刀と斬り殺されたウチの精鋭達を前に、俺は呆然とする。
と同時に、先程の物音はこいつらが床へ倒れた時のものだったんだと理解した。
白い粉のせいで身動きが取れない俺達を、順番に奇襲したのか……さっき、俺達がそうしたように。
多分、気に食わなかったんだろうな。白い粉の攻撃をもろに受けたことも、俺達相手に防戦一方となったことも。
珍しくムキになっている早瀬を見据え、俺はなんとも形容し難い気持ちになる。
普段なら『ガキかよ』と呆れるところだが、精鋭達を軒並み殺されたことで自分の不甲斐なさと早瀬への憎しみでどうにかなりそうだった。
感情が昂るあまり泣きそうになる俺の前で、早瀬はゆるりと口角を上げる。
「は〜い、ゲームオーバー」
そう言うが早いか、早瀬は日本刀を持ち直して俺の横を通り過ぎた。
と同時に、俺は首裏へ強い衝撃を受ける。
「っ……」
声にならない声を上げ、俺は勢いよく倒れ込んだ。
その拍子に、顔面を強く打ち付ける。
脳震盪でも引き起こしたのかグシャリと歪む視界を前に、俺は気を失った。
────かと思えば、懐かしい記憶が甦る。
「静、彰!お前らは将来、俺の右腕と左腕になって働け!桐生組をもっと大きく、強く、揺るぎないものにするために!」
そう言って、弟達の肩を叩いたのは幼い頃の俺だった。
まだ少年と呼ばれるような年齢にも拘わらず黒のスーツを着用し、極道ぶる俺は得意げに笑う。
桐生組の跡を継ぐのは長男である自分だ、と確信しながら。
「その代わり、お前らのことは俺が守ってやる!」
『任せておけ!』と言わんばかりに自身の胸を叩き、俺は弟達の肩を抱き寄せた。
すると、静はトントンッと俺の手を優しく叩く。
「ははっ。頼りにしているよ、兄上」
「……」
彰は好意的な静と違って、心底鬱陶しそうに俺の手を引き離す。
随分と冷めた反応を示す彼に、俺はついムッとした。
「おい、彰!聞いてんのか!」
「……ああ」
自身の耳に手を当てつつ、彰は数歩後ろへ下がる。
口には出さないものの、『うるさい』と感じているのは明白だった。
チッ……!こいつはいつも、いつも……。
赤子の頃から反応が薄くろくに意思表示もしない末弟に、俺は苛立ちを募らせる。
が、常時こんな態度なのでいちいち突っかかるだけ無駄だと判断した。
まあ、血の繋がった弟じゃなければ、今頃ぶち殺しているところだけどな。
だって、すげぇ生意気な上、大して使えないから。
一応、与えられた仕事や訓練メニューは必要最低限こなしてくるけど、本当にそれだけ。
求められた以上の成果を上げるとか、自主的に訓練するとかは絶対にない。
足を引っ張らないだけまだマシだが、正直あまり良い人材とは言えなかった。
『意欲的ならまだしも、消極的だしな』と溜め息を零し、俺はガシガシと頭を搔く。
「ったく、何でこんな毒にも薬にもならないような奴が弟なんだか」
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