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第11話『泡沫の夢《惇 side》』
「ったく、何でこんな毒にも薬にもならないような奴が弟なんだか」
────と、ボヤいた十数年後。
俺は己の発言を後悔した。いや、間違いに気づいたとでも言おうか。
自分より劣っていると思っていた弟が、本気を出せば猛毒にも万能薬にもなり得る人材だと知り、震撼した。
また敵対組織を一つ壊滅させている……それも、皆殺しという形で。
同行した奴の話によると、戦ったのはあくまで白髪の新人らしいが……お膳立ては全て彰がしたらしい。
情報収集から、計画の組み立てまで。
『明らかに一人でこなせる仕事量じゃないのに』と思案しつつ、俺は縁側へ腰掛ける。
と同時に、報告書を傍へ置いた。
彰は恐らく、これまで実力を偽ってきたんだろうな。
そうじゃないと、説明がつかない。
この仕事ぶりは一朝一夕で身につくものじゃないから。
「能ある鷹は爪を隠す、ってことか……」
ずっと欺かれていた事実を前に、俺はチッ!と舌打ちする。
何食わぬ顔で過ごしてきた彰にも、まんまと騙された自分にも腹が立って。
無性に誰かを殴りつけたい気分になりつつ、一つ息を吐いた。
それにしても、何で彰はいきなり実力を発揮するようになったんだ?
やはり、あの新人が原因か?
周りの話を聞く限り、彰の強い要望で引き入れた人材らしいから。
珍しく、世話も焼いているみたいだし。
相当気に入っているのは、間違いない。
これまで人にも物にも一切関心を示さなかった彰の変化に、俺はスッと目を細めた。
『人生、何があるか分からないな』と思いながら。
「まあ、なんにせよ彰が使える人間になったのはデカいな。俺の左腕として、今後どんな活躍を見せてくれるのか楽しみだぜ」
────という俺の期待は、半年後……予想だにしない形で、裏切られた。
何故なら、彰が桐生組の跡取りになりたい意向を示してきたから。
ついでに、静も……。
はっ?何でだよ?お前ら、俺の右腕と左腕として組を支えていくんじゃなかったのか?
幼い頃から思い描いていた人生計画が音を立てて崩れ去り、俺は呆然とする。
もう『兄弟三人、仲良く……』なんて雰囲気じゃなくなったことに、ただただショックを受けた。
が、活躍している弟達を見てさすがに気を取り直す。
このままじゃいけない、と。
今はとにかく、跡取り競争に勝つことだけ考えるんだ。
弟達との関係性は、そのあと修復していけばいい。
心変わりした原因を突き止めることより、真っ向勝負することを選ぶ俺は今まで以上に仕事へ励む。
────そうこうしている間に月日は流れていき、ある日父から呼び出しを受けた。
それも、兄弟三人同時に。
「単刀直入に言う。今日、この場に集まってもらったのは桐生組の跡取りを発表するためだ」
本邸の大広間で話を切り出し、父────桐生|樹《いつき》はこちらを見下ろす。
真っ黒な瞳に、床へ正座する|息子達《俺達》の姿を映し出しながら。
ついに跡取りを決める気になったか……まあ、十中八九選ばれるのは俺だろうな。
なんせ、この家の長男だし。組員や分家からの信頼も、厚い。
これまで頑張ってきた静と彰には悪いが、跡取りの座は諦めてくれ。
大人しく負けを認めて謝るなら、今回のことは水に流してやるから。
そしたら、また以前のように仲良くしようぜ。
『兄弟三人で桐生組を支えていく』という夢を再度掲げ、俺は強く手を握り締めた。
浮き立つような高揚感に包まれつつ、目の前に立つ父を見つめる。
すると、彼は手に持った木刀の先端でトンッと床を突いた。
「では早速だが、発表を行う」
そう言うが早いか、父はおもむろに木刀を持ち直す。
と同時に、和服の裾を上手く捌いて歩き出した。
「桐生組の跡取りは────」
黒髪を揺らしながら俺の前を通り過ぎ、父はゆっくりと足を止める。
「────三男の彰とする」
末弟に向かって木刀を突き立て、父は『お前だ』と示した。
その瞬間、俺と静は大きく息を呑む。
だって、まさか彰が選ばれるなんて……思いもしなかったから。
確かにこいつの真の実力は、凄まじい。下手したら、俺や静よりも優秀かもしれない。
でも、信頼と実績を考えたら真っ先に候補から外れる筈だろ。
手抜きの期間が、あまりにも長すぎるし。
『俺達を差し置いて、跡取りに選ばれる筈ない』と考え、俺は少しばかり身を乗り出した。
「待てよ。何で彰なんだ?」
納得がいかない心情を露わにして理由を尋ねると、父はチラリとこちらに視線だけ向ける。
「お前達の中で、一番|マシ《・・》だったから。ただ、それだけだ」
「はっ?ますます、意味が分からない。一番マシなのは、確実に長男の俺だろ」
怪訝な表情を浮かべて反発する俺に対し、父は
「それはない」
と、一刀両断した。
あまりの即答ぶりに唖然とする俺の前で、父はゆっくりと木刀を下ろす。
と同時に、天井を見上げた。
「第一、ずっと跡取りの選定を先延ばしにしてきたのは────長男たるお前が使えなかったからだぞ」
「!?」
大きく目を見開いて固まる俺は、衝撃のあまり声も出なかった。
だって、自分は誰よりも桐生組に貢献していて……使える人間だと思っていたから。
それなのに、父より無能の烙印を押されていたなんて……。
ショックなんて言葉じゃ収まらない暴露に震撼する中、父は一つ息を吐く。
「口を開けば、馬鹿の一つ覚えみたいに勢力拡大・武力強化・全面戦争って……今はそんな時代じゃない、と何度も言っているのに」
呆れたように|頭《かぶり》を振り、父は木刀の先端に手を掛けた。
かと思えば、思い切り二つにへし折る。
「現代の極道に必要なのは、戦力じゃない。縄張りを管理・維持するための支配力だ」
ただの棒切れと化した木刀を床へ落とし、父はおもむろに腕を組んだ。
遙か遠くの景色を眺めながら。
「それが理解出来ないようなやつに、桐生組の未来を託すことは出来ない。最悪、組もろとも壊滅だからな」
『お前一人、自滅するならともかく』と語り、父はこちらに背を向ける。
「とにかく、桐生組の跡取りは彰だ。これは覆らない」
決定事項であることを告げ、父はゆっくりと歩き出した。
「話は以上だ。各自解散しろ」
『私はもう行く』と述べ、父は大広間を出ていく。
パタンと閉まる観音開きの扉を前に、俺は大きく瞳を揺らした。
父に言われたことを脳内で反芻しつつ俯き、歯を食いしばる。
悔しいような、やるせないような……複雑な心境に陥って。
親父の懸念は……分かる。俺の思想は間違っていたのかもしれない。
でも、そうならそうと言ってくれれば……いや、以前から忠告はしてくれていたが、そうじゃなくて……『跡取りの選定に影響する問題』ということを強調してほしかった。
そしたら、俺だって考えを改めて……。
父の理想とする跡取り像を想像し、俺はそこに自分を当てはめた。
が、全く実感……というか、現実味が湧かない。
これまでずっと裏社会全体を牛耳ることだけ、考えてきたせいだろうか。
それとも────一時は父の理想に合わせても、結局最後は自分の夢を追い掛けると分かっているせいだろうか。
自分という人間を改めて見つめ直し、俺は『きっと、後者だろうな』と確信する。
親父も俺の人間性をよく理解しているからこそ、忠告以上のことはしなかったんだろう。
下手に本音を話して、余計な真似でもされれば厄介だから。
『最後の最後で暴露してくれたのは、親父なりの良心か……』と思案する中、彰は立ち上がった。
と同時に、この場を立ち去る。
終始無言のまま……こちらに一瞥もくれずに。
どうして、何も言わねぇーんだよ。
跡取りに選ばれなかった俺を嘲笑うなり、努力が実った自分を誇るなりしろよ。
無反応なのは、俺や静への配慮か?
『だとしたら、心底ムカつくな』と思いつつ、俺は強く手を握り締める。
────と、ここで静が正座の体勢を崩した。
「あーあ、負けちゃったね。あろうことか、弟に」
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