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第12話『目覚め《惇 side》』

「あーあ、負けちゃったね。あろうことか、弟に」  やれやれと|頭《かぶり》を振り、静は大きな溜め息を零す。 やってられない、とでも言うように。 「世の中、理不尽だよね。僕達は物心ついた時から組に尽くしてきたのにさ、最近本気を出したかなんだか知らないけど、不真面目なやつが選ばれて。なんというか……真面目に頑張ってきた僕達が、馬鹿みたいだ」  おもむろに前髪を掻き上げ、静は僅かに眉を顰めた。 「こんなの納得出来ないよ」  悔しそうに歯を食いしばり、静は『あんまりだ』と嘆く。 そして、一つ深呼吸すると、こちらへ向き直った。 「だからさ────僕と組まない?兄上」 「はっ?」  互いの傷を舐め合う流れかと思いきや、まさかの協力要請に、俺は目が点になる。 だって、今更手を組んだところで何の意味もないため。 彰が跡取り、という事実を覆すことは出来ない。 「親父を説得するつもりなら、無駄だぞ。あの人は一度決めたことを、絶対に曲げない主義だからな」 「分かっている」 「なら……」 「だけど、全く打つ手がない訳じゃない」  『まずは僕の考えを聞いてほしい』と示し、静は緊張した面持ちでこちらを見据える。 「────父上と彰、両方を亡き者にすれば跡取りは僕達の手で決められる」 「!?」  ハッと大きく息を呑んで固まり、俺は静を凝視した。 家族を手に掛けるなんて、考えもしなかったから。 「そ、そんなこと出来る訳ないだろ」  ある意味極道らしいやり方だが、さすがに賛同出来ず……俺は抵抗感を示す。 すると、静は淡々とした口調でこう言った。 「でも、やらなきゃ何も変わらないよ。兄上はこれから一生、彰に顎で使われてもいいの?」 「それは……」  ────嫌だ。 だって、彰は俺の弟で……左腕だから。 慕ったり、敬ったりすることなんて出来ない。したくない。  兄としてのプライドや跡取りへの執着が脳内を満たし、俺はゆっくりと顔を上げた。 と同時に、茶色がかった瞳を見つめ返す。 「……静の話は分かった。絶対に裏切らないと約束出来るなら、手を組んでやってもいい」  『もし、まだチャンスがあるなら』と欲を出し、俺は茨の道へ片足を突っ込んだ。 破滅か逆転か極端な末路しかないこの選択に、俺は一縷の望みを掛ける。 一人覚悟を固める俺の前で、静はニッコリと微笑んだ。 「心配せずとも、裏切るつもりはないよ。まず、あの二人を討ち取らなきゃ何も始まらないからね。まあ、その後のことまで保証は出来ないけど」  『この同盟はあくまで一時的なものだ』と主張する静に、俺は 「それでいい」  と、頷いた。 元より、こっちもそのつもりだから。 『同じ目標を掲げる以上、衝突は不可避』と思案する中、静はパチンッと指を鳴らす。 「オーケー。じゃあ、そういうことで。これから、よろしくね」  『仲良くやろう』と言い、静は片手を差し出した。 同盟締結の証として握手を求める彼の前で、俺は一つ息を吐く。 『形から入ろうとするあたり、静らしいな』と感じながら。 「ああ、よろしく」  しっかりと静の目を見て返事し、俺は握手を交わした。 ────その瞬間、夢から覚める。 どことなく見覚えのある天井を一瞥し、俺は身を起こした。 と同時に、目を剥く。 何故なら、すぐそこに木造の檻があったから。  ここは……本邸にある座敷牢、か?  敵の収容場所としてよく使われる空間を前に、俺は戸惑う。 酷く懐かしい記憶を見ていたせいか、少し混乱してしまって。 『俺はどうして、こんなところに……』と思案しつつ、おもむろに自身の額へ手を当てた。 「……ガーゼ?」  指先に触れる布のような紙のような感触に、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。 でも、負傷した経緯を思い出すなりハッとした。  そうだ、俺はあのとき……。  グッと布団を強く握り締め、俺は大きく瞳を揺らす。 悔しいとか、悲しいとか……色んな感情が湧き上がり、思考を掻き乱した。 「クソッ……何でこんな……」  計画に失敗した現実をなかなか受け入れられず、俺は葛藤する。 頭の中が沸騰するような感覚を覚えながら。 「そもそも、何で俺は生きているんだ……」  早瀬に限って『やり損ねた』とは、考えにくい。 間違いなく、敢えて生かしている。 でも、戦闘狂サイコパスのあいつが俺を殺さない理由なんてない。 となると、 「原因は彰か」  憎き末弟の顔を思い浮かべ、俺は奥歯を噛み締める。 「家族だから、情けを掛けたのか?それとも、飼い殺しにした方が俺にダメージを与えられると思って?」  どちらにせよ俺を舐めているとしか思えない対応に、苛立ちを覚えた。 ────と、ここで布擦れの音を耳にする。 「兄上、それは違うよ」  そう言って、通路の奥から姿を現したのは他の誰でもない静だった。 俺と同じく生かされたらしい彼は、檻越しにこちらを見つめる。 「彰は感情論で、動くようなやつじゃない。たとえ、相手が家族や宿敵であろうとも。早瀬真白という例外を除いて、彼はいつだって合理的な判断を下している」  確信を持った口調で断言する静に、俺は思い切り眉を顰めた。 「じゃあ、俺達を生かす合理的な理由って一体なんだ?」

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