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第13話『俺達を生かす合理的な理由《惇 side》』
「じゃあ、俺達を生かす合理的な理由って一体なんだ?」
『何故、ここに居るのか』という疑問よりも先に彰の動機を尋ね、俺は腕を組む。
だって、どれだけ考えても生かすメリットなんて思い浮かばなかったから。
『殺すメリットなら、いくらでも思いつくんだが』と考えていると、静がふと天井を見上げた。
「彰と早瀬が結ばれる上で最も大きな障害をクリアするため、かな?」
「障害?いや、それ以前に────あいつら、デキていたのか?」
別に男同士の恋愛を非難する気はないものの、まさか自分の身近でそういうことになっているとは思わず……瞬きを繰り返す。
戸惑いを隠し切れずに居る俺の前で、静は少しばかり頬を引き攣らせた。
「えっ?気づいてなかったの?」
「……やけに距離が近いな、とは思っていた」
彰にベッタリくっついていた早瀬を思い出し、俺は口元に手を当てる。
と同時に、改めて二人の関係性を考えた。
これまでは『特別、仲がいいんだろう』と思って、あまり気にしてなかったが……言われてみると、確かにおかしいな。
距離感もそうだが、言動とか視線とか……恋人同士じゃないと、有り得ないところが多い。
『じゃあ、彰がいきなり本気を出すようになったのも……』と思案し、俺は諸々理解する。
無気力・無関心・無愛想のあいつでも恋するんだな、と驚きながら。
「とりあえず、彰と早瀬が恋仲なのは分かった。で、あいつらの障害って何なんだ?」
同性なので、そりゃあ壁は多くあるだろうが……俺や静を生かすことで解決する問題など思いつかず、苦悩する。
────と、ここで静がゆっくりと口を開いた。
「端的に言うと、子供だよ」
「はっ?子供?」
いきなり話が次世代に飛んで困惑し、俺は怪訝な表情を浮かべた。
すると、静はこちらを宥めるように片手を上げる。
「よく考えてみてほしい。同性同士である以上、まず子作りは出来ないよね?でも、彰は桐生組の若頭として跡継ぎを作らないといけない……そこで、目をつけたのが僕達という訳さ」
「ちょっと待て。それって、つまり……」
ようやく彰の狙いが見えてきて、俺は大きく瞳を揺らした。
衝撃のあまり僅かに表情を強ばらせる俺の前で、静はギュッと手を握り締める。
「ああ、そうだよ。彰は────僕達どちらかの子供をいずれ養子にして、桐生組の跡継ぎにするつもりなんだ。血の繋がった兄弟の子なら、血縁的にも問題ないからね」
『父上や親戚も渋々納得するだろう』と言い、静は自嘲気味に笑った。
「さしずめ、僕達は種馬という訳だ」
やれやれと|頭《かぶり》を振って嘆息し、静はやるせない心情を露わにする。
何とも言えない表情を浮かべて俯く彼を前に、俺は
「っ……!ふざけんな!そんな家畜みたいな生き方、出来るか……!」
と、喚いた。
己の尊厳を貶められたような感覚へ陥り、怒りに身を震わせる。
「俺は絶対、御免だぞ!種馬なんかにされるくらいなら、今ここで命を絶ってやる!」
人間としてのプライドを捨ててまで生きたいとは思えないため、俺は自身の首に手を掛けた。
『このまま、一思いにへし折って……!』と画策する俺を前に、静は少しばかり目を見開く。
「ちょっ……落ち着いて、兄上。気持ちは分かるけど、ここは冷静にならないと。感情のまま、物事を決めちゃダメだよ」
「うるさい!俺に指図するな!」
これでもかというほど静を睨みつけ、俺は首を掴む手に力を込めた。
その瞬間────静が思い切り檻を蹴る。
基本、穏やかで物に当たることなど滅多にないのに。
思わず手の力を緩めて固まる俺の前で、彼は少しばかり身を乗り出した。
「兄上は死んだらそれで満足かもしれないけど、残された者達はどうなるの?特に貴方を信じ、慕い、付いてきた者達は」
「!」
ピクッと僅かに反応を示し、俺はこれまで可愛がってきた面々を思い返した。
『精鋭こそ失ったが、まだ仲間は居る』という事実に、今更ながら気づく。
────と、ここで静がこう言葉を続けた。
「言っておくけど、丁重に扱われることは絶対にないよ。早瀬の残虐性は理解しているだろう?それを肯定する彰の異常性も」
「っ……」
『また早瀬に自分の部下を殺されるかもしれない』という可能性に、俺は戦慄した。
床に転がった精鋭達の死体を思い出す中、静はそっと眉尻を下げる。
「今までは兄上が防波堤となって皆を守ってきたから、辛うじて無事だっただけ。でも、貴方を失えば……」
その先の言葉は敢えて口にせず、静はこちらへ背を向けた。
かと思えば、檻に寄り掛かる。
「兄上にとって、『種馬として生きる』という選択肢は屈辱かもしれない。でも、今ここで全てを放り出すのはあまりに無責任じゃないかな?貴方には、部下の面倒を最後まで見る義務があると思うよ」
『だから、生きるべきだ』ということを熱弁する静に、俺は何も言えなかった。
まさにその通りだと思ったから。
俺の夢にさんざん付き合わせて、力になってもらって、助太刀をお願いして……それなのに、失敗した途端あの世へ逃亡なんて。
逆ならまだしも、俺から手を放すことは許されないだろう。
今頃不安でいっぱいになっているだろう部下達を想像し、俺はそっと手を下ろした。
もう死ぬなんて選択肢、取れなくて。
「上等だ、種馬でも何でもやってやる」
『|部下達《あいつら》が俺を必要としなくなる時まで』と奮起し、俺は真っ直ぐ前を見据える。
黒い瞳に、確かな意志と覚悟を宿しながら。
生きる活力で溢れる俺を前に、静は
「それでこそ、兄上だよ」
と、満足そうに微笑んだ。
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