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第14話『久々のデート』
◇◆◇◆
「────そういう訳で、『兄上に生きる意思を持たせろ』という仕事は何とかこなせたよ」
本邸にある俺の自室にて、二番目の兄は淡々と報告を行った。
自分はもう完全にこちらの味方だ、ということを示すように。
どこか緊張した面持ちでこちらを見据える彼を前に、俺は座椅子の背凭れへ寄り掛かる。
「ご苦労。今後は兄貴の監視に徹してくれ」
「オーケー。何か不審な動きをしたら、直ぐに報告するよ」
『任せて』とウィンクし、二番目の兄はニッコリ微笑んだ。
問題なく報告を終えられたからか、どこかホッとしている。
とりあえず、兄貴のことはこれでいい。
しばらくの間は、大人しくしているだろう。
まあ、ほとぼりが冷めればまた反抗を始めるかもしれないが……今回みたいな大立ち回りは、なさそうだ。
残りの戦力的にも、兄貴の心情的にも。
真白に|精鋭達《お気に入りの駒》をあっさり|殺された《壊された》らしいからな。
廊下に転がっていた複数の死体を思い返し、俺は『また海か山に捨ててこないとな』と考える。
────と、ここで向かい側に座っていた二番目の兄が立ち上がった。
「じゃあ、僕はそろそろお暇するよ。あんまり長居すると、早瀬に恨まれそうだから」
ずっと俺の横にピッタリくっついていた真白を一瞥し、二番目の兄は小さく肩を竦める。
『狂犬の不興を買うのは、勘弁』とでも言うように。
「また何かあったら、連絡して」
ヒラヒラとスマホを振って微笑み、二番目の兄は颯爽とこの場を立ち去った。
おかげで、真白と二人きりになる。
「ねぇねぇ、若くん。僕、お腹空いた〜」
立ち膝の状態で俺に抱きつき、真白はスリスリと頬を擦り寄せてきた。
まるで猫のような甘え方をする彼の前で、俺は顔を上げる。
「なら、組の奴らに何か作らせ……いや、今日は外食にするか」
兄貴の下克上による後始末がまだ終わっていないため、現状料理を作れる奴が居なかった。
まあ、命令すれば死に物狂いで何とかするだろうが……別にそこまでする必要性を感じない。
『真白が外食を嫌がるなら、話は別だけど』と思案する中、彼は
「わ〜い、久々のデートだ〜」
と、喜んだ。
『どこ行く、どこ行く〜?』とはしゃぐ真白を前に、俺は懐からスマホを取り出す。
「いつもの小料理屋でいいか?」
「うん」
ニコニコと機嫌よく笑って頷き、真白は立ち上がった。
『早く行こ〜』と急かしてくる彼を前に、俺はスマホで例の小料理屋へ連絡を入れる。
これから、来店する旨を明記して。
「じゃあ、行くか」
────と、声を掛けた三十分後。
俺は真白と共に、馴染みの店へ足を運んだ。
準備万端で出迎えてくれた主人に礼を言いつつ、俺達は四人席へ案内される。
残念なことに、個室は空いてなかったらしい。
『まあ、突然のことだったのでしょうがない』と割り切る中、テーブルに料理を並べられた。
「随分と量が多いな」
『頼んでいない品もあるし』と指摘する俺に、店の主人はそっと眉尻を下げる。
「個室を用意出来なかったお詫びです。それに桐生組には、いつもお世話になっていますから」
『これくらい、サービスさせてください』と言い、店の主人は少しばかり表情を強ばらせた。
その視線の先には、箸をクルクル回す真白の姿が……。
なるほど。狂犬の機嫌を損ねるのが、怖いのか。
過去に一度、予約ミスを犯して真白が暴れたことがあるから。
あのときは元々虫の居所が悪かった上、空腹で手をつけられなかったんだよな。
『ミスそのものは完全に店側の落ち度だったし』と思い返し、俺は片手を上げる。
「そういうことなら、頂こう」
テーブルいっぱいに並べられた料理を一瞥し、俺は『もう下がっていい』と告げた。
すると、店の主人はそそくさと退散していく。
「ねぇねぇ、若くん。もう食べていい?」
待ち切れない様子でこちらを見つめる真白に、俺はフッと笑みを漏らした。
「ああ、いいぞ」
「わ〜い。いただきます」
しっかり手を合わせてから料理に箸を伸ばし、真白は次々と平らげていく。
特に男子高校生のようなガツガツとした雰囲気は感じないものの、とにかく早かった。
あっという間に三分の一を食べ切る彼の前で、俺もぼちぼち料理に手をつけていく。
『ここの和食はやはり、どれも美味いな』と目を細める中────突然銃声が鳴り響いた。
「強盗だ!全員、大人しくしろ!」
そう言って、店の中央に立つのは見知らぬ男だった。
マスクと帽子で人相を隠している彼は、手に拳銃を持っている。
また、彼の仲間と思しき五人も同じく変装と武装を行っていた。
「ちょっとでも妙な真似をしたら、撃つ!痛い目に遭いたくなかったら、両手を上げて跪け!」
見知らぬ男は鋭い目付きでこちらを睨みつけつつ、『早くしろ!』と急かす。
その途端、店内に居た客達は一斉に椅子から降りた。
半ば転げ落ちるようにして。
とにかく助かるために相手の指示に従い、両手を上げた。
が、俺と真白だけは普通に食事を続ける。
「真白、何かおかわりするか?それとも、デザートか?」
「う〜ん……どうしようかな〜」
備え付けのメニュー表を手に取り、真白はおもむろに腕を組んだ。
────と、ここで例の男がもう一度威嚇射撃を行う。
「おい、そこの二人組!さっきの話を聞いてなかったのか!」
「まだお腹に余裕あるから普通におかわりしてもいいけど、デザートの量を増やす手もあるよね〜」
「人の言葉を無視するな!いい加減にしないと、本当に撃つぞ!」
「デザートは持ち帰りにして、後で食べる手もあるぞ」
『焦って、今すぐ食べる必要はない』と語り、俺はお冷を飲む。
と同時に、真白が表情を明るくした。
「なるほど〜。じゃあ、デザートは持ち帰りにしよっと。若くん、お風呂上がりに一緒に食べようね〜」
「ああ」
二つ返事で了承すると、真白はニコニコと機嫌良く笑った。
『お風呂上がりの楽しみが増えた』と浮かれる彼は、パッと手を上げる。
「焼き鳥全種類と豚の角煮、おかわり〜。あと、デザート全種類お持ち帰りで〜。あっ、飲み物も追加でもら……」
────える〜?
と、続ける筈であっただろう言葉は再び鳴った銃声によって遮られた。
かと思えば、真白の手元にあったグラスが割れる。
どうやら、弾丸に撃ち抜かれたらしい。
「聞こえないフリすんな!そろそろ、本当にキレるぞ!」
『これは脅しじゃないからな!』と怒鳴り、男はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
恐らく、距離を詰めることでこちらの恐怖や不安を煽るつもりなんだろうが……今回は完全に悪手だ。
『わざわざ、こっちの間合いに入ってくるなんてアホだろ』と呆れる俺を他所に、男は立ち止まる。
と同時に、真白の頭へ銃口を突きつけた。
「今すぐ、立て!こっちの言う通りにしろ!さもなくば、本当に撃つ!」
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