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第16話『九条匡敏』

「誰か、通報したのかな〜?」  チラリと周囲に居た客や店員へ目を向け、真白はおもむろに腕を組む。 別に怒っている訳じゃなくて、単純に疑問だったのだろう。 でも、あんな惨劇を見たあとだからか周りの者達は必死になって首を横に振る。 『明日は我が身!』と言わんばかりに身の潔白をアピールする彼らの前で、俺は顔を上げた。 「多分、近所の住民か|個室の客《・・・・》が通報したんだろ。あんだけバカスカ撃っていれば、嫌でも聞こえるからな。それに個室エリアの方は、何もしてなかったみたいだし」  強盗側のミスを指摘し、俺は小さく肩を竦める。 後で制圧するつもりだったのか知らないが、あまりにも雑すぎると呆れて。 『これでよく実行しようと思えたな』と半ば感心する中、真白は手袋の入り口部分を軽く引っ張った。 「そっか〜。なら、さっさと終わらせなきゃね〜。警察が来たら、間違いなく止められちゃうからさ〜」  強盗のことを自分の獲物として認識しているせいか、真白は一歩も引かない。 『警察に身柄を引き渡す』という選択肢すら、頭にないようだ。 「そ、そんな……」  最後の強盗は絶望に満ちた表情を浮かべ、腰を抜かす。 と同時に、少しばかり目を剥いた。 その視線の先には、この店の主人が……。 『こいつ、まさか……』と思案する俺を他所に、彼は立ち上がる。 「────お、大人しくしろ!こいつがどうなっても、いいのか!」  最後の悪足掻きのつもりか、強盗は主人の頭に銃口を突きつけ、脅してきた。 『こっちは本気だぞ!』と絶叫しながら引き金に指を掛け、フーフーと荒い呼吸を繰り返す。 一種の興奮状態に陥る彼の前で、真白はニッコリ微笑んだ。 「うん、別にどうなってもいいよ〜。殺したければ、ど〜ぞ」  『僕には関係ないし〜』と突き放し、真白はあっさり人質を見捨てた。 血も涙もない対応を取る彼に、最後の強盗は唖然とする。 が、気を取り直したように拳銃を握る手へ力を込めた。 「本当に殺すぞ……!?殺すからな!?」  こちらの本気度が伝わっていないと思ったのか、最後の強盗は脅しじゃないことをアピールする。 でも、当の真白はどこ吹く風で…… 「だから、殺せば〜?」  と、吐き捨てた。 全く手応えのない交渉を前に、最後の強盗は大きく瞳を揺らす。 そして、悩ましげな表情を浮かべるものの……意を決したように指先へ力を込めた。 と同時に、銃声が鳴り響く────俺の手元から。 「まだ料理のおかわりも持ち帰り用のデザートも作ってもらっていないのに、死なれたら困る」  脳天を撃ち抜かれて倒れる最後の強盗を一瞥し、俺は拳銃を仕舞う。 ────と、ここでようやく警察が到着した。 ベタな声掛けから始める彼らを前に、俺はおもむろに席を立つ。 「被疑者、全員死亡したぞ」  普通に玄関の扉を開けて突入隊員達に話し掛ける俺は、さっさと中に入ってくるよう促した。 すると、彼らは無線で連絡を取り合いながらもおずおずと店内に足を踏み入れる。 「これは……」  かなり酷い光景だからか、突入隊員達は一様に言葉を失った。 中には、失神・嘔吐するやつも居る。 「情けない奴らだね〜。それでも、警察〜?」  俺の肩に手を掛けてひょっこり顔を出す真白は、やれやれと|頭《かぶり》を振る。 と同時に、突入隊員達が銃を構えた。 「お、お前か!これをやったのは!」  返り血塗れの真白を見てまだ危機は去っていないと判断したようで、彼らは警戒心を露わにする。 一気に表情が硬くなる突入隊員達を前に、真白は 「そうだけど、何か文句ある〜?」  と、言ってのけた。 その途端、突入隊員達は殺伐とした雰囲気を放つ。 「文句はないが、話ならある!署で詳しい経緯や事情を話してもらおう!」  『もちろん、お連れの方も含めて!』と宣言し、突入隊員達はこちらへ手を伸ばす。 ────だが、しかし…… 「彼らには、何もしないでください」  とある男性の介入により、俺達に触れることすら叶わなかった。 突入隊員達の前に立ち塞がるような形で現れた彼は、サラリーマン風のスーツに身を包んでいる。 だが、こいつも間違いなく警察関係者だった。 それも、捜査一課と呼ばれるエリート刑事だ。 「特殊部隊の皆さんは店内の状況確認と被害者の保護を行ってください。特に残党など居なければ、鑑識を呼ぶように」  『現場検証を行います』と話しつつ、彼は少し横に移動してこちらを手招きする。 多分、そこに居ては通行の邪魔だと言いたいのだろう。 特にここへ居座る理由もないので素直に誘導へ従うと、彼は突入隊員達へ向き直る。 その際、青色がかった黒髪が小さく揺れた。 「……何故、その二人を庇うんですか?」  突入隊員の一人が堪らずといった様子で、物申す。 明らかに事件の関係者なのに、という不満を滲ませながら。 「庇っている訳では、ありません。ただ、上からの指示で彼らには手を出さないようにしているだけです」  『私だって、色々と思うところはありますよ』と述べる彼に、突入隊員は眉を顰めた。 かと思えば、視線を前に戻して歩き出す。 「……結局、捜査一課のエースと呼ばれる|九条《くじょう》|匡敏《まさとし》もこんなものか」  という一言を残して、突入隊員は店内へ足を踏み入れた。 他の者達もそれに続き、この場を立ち去る。 「はぁ……酷い言われようですね」  やれやれと肩を竦め、九条は何とも言えない表情を浮かべた。 青い瞳に、僅かな憂いを滲ませながら。 「まあ、お前が権力の犬で上に逆らえないのは事実だろ」  情け容赦なく追い討ちを掛ける俺に対し、九条は 「長い物には巻かれるタイプなんですよ、私」  と、答えた。恥ずかしげもなく。 「それにあなた方の存在は、私自身必要悪だと捉えていますので」  極道という組織を肯定する九条は、相変わらず正義の味方と思えない言動を取っていた。 まあ、だからこそ俺達の対応を全面的に任されているんだろうが。 「あなた方の行いは時々目に余りますが、それを差し引いても見返りが大きい」 「俺達が警察の代わりに、悪を裁いているからか?」  目には目を、歯には歯を、悪にはより強力な悪を……とでも言うべきか、桐生組は警察から傭兵紛いの仕事を請け負っていた。 こちらの犯罪行為に目を瞑る、という条件で。 もちろん、やり過ぎたら普通に処されるだろうが……それは警察の首を絞める事態にもなりかねないので、基本スルーの姿勢だ。  万が一、この関係を暴露なんてされたら警察の威信に関わるからな。 とはいえ、こちらも余程のことがない限り取り決めを破るつもりはないが。 極道の時代が終わったと言われる今でも、桐生組が幅を利かせられているのは間違いなく警察の不干渉によるものだから。  『普通に取り締まられるようになったら、色々と不味い』と考える中、九条はニッコリと微笑む。 「ええ、おかげさまでとても平和です。捕まえても捕まえてもまた犯罪を繰り返す者や、親の権力で守られている者なんかを始末出来ていますので」  悪者を消すという過激な方法で安全を保っていることに、九条は好意的な反応を示した。 すると、真白が不思議そうに首を傾げる。 「えっ?平和なの〜?僕達みたいな凶悪犯は、野放しなのに〜?」

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