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第17話『頼みたいこと』

「えっ?平和なの〜?僕達みたいな凶悪犯は、野放しなのに〜?」  頻繁に殺人を行っているためか、真白は『平和』という単語に違和感を抱いたようだ。 俺の腕に抱きつきながら、自身の顎を人差し指で|突《つつ》く。 と同時に、九条が真白へ視線を移した。 「あなた方は基本的に一般人へ手を出さないから、いいんですよ。私達が守りたいのは、あくまで善良な市民。他はどうでもいいです」 「本当に正義の味方とは、思えない言い草だな」 「我々だって、人間ですからね。みんな平等に助けるなんて、出来ません」  『誰を助けるか、選ぶ権利くらいはある』と主張し、九条は笑みを深める。 青い瞳に、僅かな狂気を滲ませながら。 『とんでもない刑事だな』と実感する俺を他所に、彼は 「まあ、雑談はこの辺にして今回の事件について教えてください」  と、申し出た。 かと思えば、懐からペンとメモ帳を取り出す。 「もちろん、逮捕などするつもりはありません。ただ、当時の状況をより詳しく知りたいだけです。あなた方なら、一般人では気づかないことにも気づきそうですし」  『是非ご協力をお願いします』と述べる九条に、俺はスッと目を細めた。 「一般人では気づかないこと、か」  何の気なしにそう呟き、俺はチラリと店内の様子を窺う。 血溜まりとなった床や無造作に投げ出された拳銃を見やり、強盗達に感じていた違和感を思い返した。 「犯人グループが素人にも拘わらず、本物の拳銃を所持していた」 「!」  九条は反射的に顔を上げて、こちらを見つめる。 と同時に、サッと顔色を変えた。 「それは不自然ですね。調べる必要が、ありそうです。拳銃の入手経路など、特に」  メモ帳にペンを走らせつつ、九条は僅かに表情を硬くする。 素人でも手に入れられるほど拳銃が身近にあることに、危機感を抱いているのだろう。 「念のためお聞きしますが、そちら関係ではないんですね?」 「ああ。基本、|桐生組《ウチ》の縄張りでは武具の売買を禁じているからな。ウチにしか、武具が集まらないようにするために。だから、あるとすれば外部……もしくは、命知らずだけだ」  『後者ならまだいいが、前者だと色々厄介だな』と考え、俺は一つ息を吐いた。 ────と、ここで九条がメモ帳を閉じる。 「分かりました。では、一応他県とも連携して動きます」 「そうか。何か分かったことがあれば、教えてくれ。こちらも独自に調べて、情報を共有するから」 「畏まりました」  『上には、私の方から話を通しておきます』と言い、九条はペンとメモ帳を懐に仕舞った。 かと思えば、スマホを取り出す。 メールでも打っているのか頻繁に画面をタップする彼の前で、俺は 「あと、一つ頼みたいことがある」  と、口にした。 すると、九条は少し驚いたように目を見開き、こちらを見つめる。 「頼みたいこと、ですか?」 「ああ」 「それは具体的にどういう?」 「単刀直入に言うと────ここ一・二年の犯罪記録のデータが、ほしい」  『桐生組の縄張り周辺のものだけでいいから』と範囲を指定し、俺は要求に応じるよう求めた。 が、そう簡単に了承出来るようなものではなく……九条は渋い顔をする。 「それはまた……なんと言いますか、無茶な頼みですね。一応、理由をお伺いしても?」  判断材料を増やすためか、九条は用途について尋ねてきた。 悩ましげに眉を顰める彼の前で、俺はこう答える。 「桐生組の縄張りの統制を強めるためだ。ここ数年は内部のことに手一杯で、規制が緩んでいただろうからな。現に犯罪件数、例年より増えているだろ?」 「……」  急に黙り込む九条は、困ったように笑って肩を竦めた。 どうやら、図星だったらしい。 『必要悪の影響力は本当に大きいですよね』としみじみ呟く彼を前に、俺は自身の額へ手を当てる。  思った以上に、小物がのさばっているらしいな。 いや、それだけなら別に構わないんだが……今回の強盗事件で外部の介入も危惧される事態となった以上、本腰を入れて動く必要がある。 もし、他の事件にも外部の人間・組織が関わっているのだとしたら……悪意を持ってこちらに干渉しているのだとしたら、早めに対処しないといけないため。 悠長にしていられる暇は、なかった。  『拳銃も用意出来る相手となると、一筋縄では行かないだろうし』と考えつつ、俺は一つ息を吐く。 目的が怨恨にしろ、組の勢力争いにしろ面倒なことに変わりないため。 とはいえ、真白の|遊び場《・・・》で勝手をされる訳にはいかなかった。 「犯罪記録を渡してくれれば、こちらは迅速に犯人を処刑出来る。そしたら、必然的に犯罪率は下がるし、|桐生組《ウチ》からの粛清を警戒して他の犯罪者達もなりを潜めるだろう。お前の言う善良な市民は、守られる訳だ」  青い瞳を真っ直ぐに見つめ返し、俺はスッと目を細める。 揺らいでいるな、と確信しながら。 「だが、犯罪記録を出し渋れば当然こちらは犯罪者への対処が遅れる。まず、調べるところから始めないといけない訳だしな。その間、善良な市民が無事に暮らせるかどうかは分からないぞ」  ────とはいえ、犯罪者達を早く把握出来ても即座に処刑出来る訳ではないが。 外部の介入があったかどうか、背後関係を明らかにする必要があるから。 でも、警察からの情報提供を受ければ確実に時間は短縮出来る。 それに処刑は難しいというだけで、拉致監禁などは可能。 犯罪記録のデータを渡してくれるなら、善良な市民に被害が出ないよう最大限配慮してやるつもりだ。  『だが、渡してもらえない場合は……』と思案する中、九条は少しばかり身構える。 「それは脅しですか?」 「いや、あくまで忠告しているだけだ」  『他意はない』と主張する俺に、九条は 「そうですか」  と、相槌を打った。 絶対に違うでしょう、という本音を呑み込んで。 「まあ、そちらの言い分は分かりました────それ相応の謝礼をいただけるのであれば、引き受けましょう」  善良な市民を引き合いに出されたらどうしようもないのか、九条は渋々了承した。 と言っても、条件つきだが。 でも、 「ああ、分かった」  謝礼は元々支払う気だったため、全く問題なかった。 『今回は殺人依頼と金銭、どちらになるのか』と考える俺を前に、九条は再びスマホへ視線を落とす。 「上に話を通す必要があるので、データの共有はまた後日になりますが、それでも構いませんか?」 「ああ」  迷わず首を縦に振り、俺は隣に立つ真白を抱き寄せる。 ────と、ここで彼が体を傾けてきた。 「ねぇ、若くんまだ〜?僕、デートの続きしたいんだけど〜」  不満を訴えるように俺の肩へ頭を擦り付け、真白は口先を尖らせる。 そろそろ、我慢の限界みたいだ。 『会話、長すぎ〜』と愚痴を漏らす彼に、俺は 「そういえば、まだ食事の途中だったな」  と、呟いた。 すると、真白は腕を絡めてグイグイと引っ張る。 「そうだよ〜。早くお店に戻って、料理のおかわりと持ち帰り用のデザート用意してもらお〜」  既に鑑識の入った店内へ足を向け、真白は意気揚々と歩き出した。 その途端、九条はスマホの画面から視線を上げて店の玄関に駆け寄る。 まるで、こちらの行く手を阻むように。 「ちょっと待ってください。それは困ります。現場保存の関係で、お店はしばらく立ち入り禁止になりますから」  『調理なんて出来ない』と主張し、九条はおかわりやデザートを諦めるよう要請した。 が、真白は引かない。 「僕達には、そんなの関係な〜い。いいから、どいて〜」  緩い口調に反してどこか威圧的な態度を取り、真白は絶対に譲らない姿勢を見せた。  やっとデートを再開出来ると思ったのに、まさかの中止だからな……受け入れられないのは、当然だろう。 ただでさえ、久々のデートで浮かれているのに。  『さすがに可哀想か』と思い、俺は強行突破する方向で考えてみる。 でも、下手に九条の機嫌を損ねて先程の話を白紙に戻されると面倒だった。 『なら、ここは折衷案で行くか』と方針を変え、俺は顔を上げる。 「真白、帰るぞ」 「えぇ〜!若くんまで、そんなこと言うの〜!?」  ショックを受けた様子で眉尻を下げ、真白は絡めた腕を締め付けた。 このまま折れるんじゃないか?と思うほど。 「安心しろ、デートは続ける。ただ、場所を自宅に移すだけだ」

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