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第18話『デザート』

「安心しろ、デートは続ける。ただ、場所を自宅に移すだけだ」  宥めるように真白の頭を撫で、俺は『お前の願いを無下にする訳ないだろう』と告げる。 すると、真白は態度を軟化させるものの……まだ納得いっていない様子。 「でも、結局料理のおかわりやデザートはなしになっちゃうんでしょ〜?」  『それじゃあ、本来のデートプランとかけ離れ過ぎている』と不満を漏らし、真白は顔を反らす。 本格的に拗ね始めた彼を前に、俺は 「そうはならない」  と、宣言した。 と同時に、真っ直ぐ前を見据える。 「九条」 「……はい、何でしょうか?」  何となくこちらの考えていることが分かってしまったのか、九条は何とも言えない表情を浮かべた。 それでも、話の先を促すのは『予想と違うかもしれない』という希望的観測を抱いてのことか。 じっとこちらの様子を窺う九条の前で、俺は口を開く。 「今すぐ、店の主人を解放してこちらに引き渡してくれ」  『事情聴取なんて、後でもいいだろ』と言い放つ俺に対し、九条は小さく息を吐いた。 やっぱりそういう要求か、とでも言うように。 「一応お伺いしますが、その理由は?」 「ウチに招き入れて、料理やデザートを作ってもらうためだ」 「……」 「心配するな。店の主人には、手を出さない。用が済み次第、直ぐに帰らせる」  『どんなに長くても、滞在時間は二時間程度だ』と述べ、俺は九条に折れるよう求めた。 が、相手はうんともすんとも言わない。  さすがに一般人……それも、事件に巻き込まれただけの被害者を極道へ引き渡すのは、抵抗があるみたいだな。  悩ましげに眉を顰める九条を前に、俺は『仕方ない』と思考を切り替える。 「嫌なら嫌で別に構わないが、その場合はこのまま店に押し入るぞ」  先程の話が白紙になるのを覚悟で、俺は強行突破を仄めかした。 『まあ、現場は極力荒らさないよう配慮するが』と付け足す俺の前で、九条は目頭を押さえる。 と同時に、小さく肩を落とした。 「……分かりました。上に確認してから、直ぐに店の主人を解放します。なので、現場を荒らすのは勘弁してください」  『あと、店の主人には絶対危害を加えないように』と念を押し、九条はこちらへ背を向けた。 かと思えば、スマホ片手に一旦店内へ入る。 そして、数分ほど経つと、店の主人を伴って戻ってきた。 「では、丁重にお願いしますよ」  真剣な表情で店主の身柄を引き渡してくる九条に、俺はコクリと頷く。 『ちゃんと五体満足で帰してやる』と宣言して踵を返し、自宅へ帰った。 無論、店の主人や真白を引き連れて。 「調理器具や食材は好きに使え。足りないものは言ってくれれば、ウチの者に買ってこさせる」  ────と、店の主人に告げた数十分後。 焼き鳥全種類と豚の角煮が出来上がり、俺達の腹を満たした。 元々かなりの量を食べていたこともあり、わりと早い段階で食事はお開きに。 最後にデザートだけ作り置きしてもらい、店の主人を帰した。 無論、報酬として幾らか包んだ上で。  あの店には、また今度何かお礼をしないとダメだな。 強盗事件のこともあるし、営業再開に尽力する方向で行くか。  『細かいことは兄さんに任せよう』と考えつつ、俺は本邸にある露天風呂へ浸かる。 体の芯から暖まっていく感覚を覚える中、不意に体が重くなった。 「わ〜かくん」  嬉しそうに俺のことを呼び、抱きついてきたのは他の誰でもない真白だった。 髪型をお団子にして白い肌を無防備に晒す彼は、同じ男と思えない色気を放っている。 まあ、本人に自覚なんてないだろうが。 「お風呂上がりのデザート、楽しみだね〜」  子供のように声を弾ませ、真白は無邪気に笑った。 『杏仁豆腐とアイスとみたらし団子と〜』と上機嫌に呟く彼の前で、俺は一つ息を吐く。 「ああ、そうだな」  僅かに火照った真白の肌を一瞥し、俺は立ち上がった。 ポタポタと零れる水滴をそのままに、露天風呂を出る。 すると、真白もそれに続いた。  はぁ……このシチュエーションで、生殺しは辛いな。 でも、今真白を襲うのは気が引ける。 お風呂上がりのデザートが、お預けとなってしまうため。  朝まで止まらないであろう夜の営みを想像し、俺は何とか自制する。 『せっかく、楽しみにしていたんだから』と自分に言い聞かせつつ、脱衣所で薄手の和服へ着替えた。 と同時に、居間へ向かう。 バスローブ姿の真白を引き連れて。 「若くん、髪やって〜」  目的地に着くなり俺の前へ躍り出る真白は、濡れた白髪を小さく揺らす。 早くデザートにありつきたいのか、自らドライヤーまで持ってきた。 テーブルの前へ座って準備万端な彼を前に、俺は 「ああ」  とだけ、返事する。 そして、真白の後ろに腰を下ろすと、ドライヤーの電源を入れた。 ブォーと鳴るソレを手に取り、俺は艶やかな白髪に触れる。  相変わらず、サラサラだな。ヘアオイルなんか、一切つけていないのに。  出会った頃から変わらない髪質に、俺は目を細めた。 一度も絡まることなく指をすり抜ける毛先を一瞥し、おもむろにドライヤーを止める。 「ほら、終わったぞ」 「ありがと〜」  ニコニコ笑ってこちらを振り返り、真白は手早く髪をまとめる。 スイレンの簪を用いて。 「じゃあ、デザートタイムにしよ〜」  という言葉を合図に、お盆を持った組員が数名現れる。 どうやら、デザートを持ってきてくれたようだ。 『ちょうどいいタイミングだな』と考える俺を他所に、彼らは急いでセッティングを行う。 恐らく、真白と同じ空間に居るのが恐ろしいのだろう。 『一刻も早く、ここを立ち去りたい!』といった様子で作業を終え、退室して行った。 「わぁ〜、どれも美味しそ〜」  組員達の葛藤など知らない真白は、テーブルに所狭しと並んだデザートを見て笑う。 『どれから、食べようかな〜』と悩みながらカトラリーを手に取り、ふとこちらを見た。 「若くんはどれ食べる〜?」 「俺はいい。気にせず、全部食え」 「えぇ〜?一緒に食べようよ〜」  すぐ後ろに居る俺へ寄り掛かり、真白は不満そうな表情を浮かべる。 昔から『共に分かち合う』という行為に固執している彼の前で、俺はバスローブの首回りを軽く引っ張った。 「俺は最後にこっちを食うから、いい」  露わになった首筋を甘噛みして、俺はフッと笑みを漏らす。 すると、真白は愉快げに笑ってこちらを見据えた。 「若くんってば、なんだか童話の魔女みたいだね〜。相手を太らせて、最後は食べようとするところとか〜」 「しょうがないだろ。美味そうなんだから」  白い肌にくっきりと付いた自分の歯型を一瞥し、俺は真白の耳へ唇を落とす。 と同時に、彼は『くすぐったい』と身動ぎした。 「ふふっ。分かったよ〜。後でたくさん、食べさせてあげる〜」  顔だけこちらに向けて俺の頬へキスすると、真白はパクパクとデザートを食べ始める。 それも、かなりのスピードで。 どうやら、すっかりその気になったらしい。 『ちゃんと味わえているのか?』と疑問に思う俺を他所に、真白はデザートを完食した。 かと思えば、クルリとこちらに向き直り、俺を押し倒す。 「は〜い、お待たせ〜。若くん限定のデザートだよ〜♡」  俺の上に跨りバスローブの紐へ手を掛ける真白は、風呂の時と比べ物にならない色気を放っていた。 「い〜っぱい、食べてね♡」  そう言うが早いかバスローブの紐を解き、真白は唇を重ねてくる。 デザートを食べた直後だからか、今日のキスは妙に甘かった。

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